不正入札、偽装表示、クレームの隠蔽、粉飾決算など企業倫理に関わる不祥事は後を絶たない。これを受けて、90年代後半から「コンプライアンス」という用語は一般化した。コンプライアンスとは「応じること、従うこと、守ること」を意味し、法令遵守(順守)と訳されている。実際には、法令の遵守行為から特定の組織内のルールに則した行為、個別の倫理観に即した行為にいたる広い概念で使われる場合が多い。
医療の世界では「医師の指示を守る」ことを「コンプライアンスがよい」という表現で使われていた。なかでも、薬を医師や薬剤師の指示通りに服用することを服薬コンプライアンス(服薬遵守)という。一般に使われているコンプライアンスの内容と区分するために「服薬」を冠につけ、明解にしたものである。患者が指示通りに服用しないことをノンコンプライアンス(服薬不遵守または不履行)という。私はコンプライアンスとは服薬コンプライアンスのことと単純に覚えていたために、一般的な意味のコンプライアンスが使われ出した頃、意味が通じず調べ直した経験がある。また、服薬コンプライアンスは「患者が医療関係者の決定に従って服薬する」という命令に従う意味で主体が医療者にあることから、患者が積極的に参加することを意識する言葉として「服薬アドヒアランス」という用語を好んで使う人もいる(言葉とは厄介なものである)。
服薬コンプライアンスという言葉の定義を巡る話から医療のなかの話題に移ろう。そもそも薬とは一定量を一定間隔で服薬することで効果を発揮する。そのため薬には個々に用法・用量が決められている。つまり、服薬コンプライアンスを前提に有効性と安全性が確保されている。服薬コンプライアンスの実態に関する調査研究は毎年の学会に発表されている。服薬指導の内容、服薬時の病態、患者の態様など、様々な要因により服薬コンプライアンスは影響を受ける。慢性疾患の服薬コンプライアンスの文献調査によればノンコンプライアンス率は5.9〜80.9%のバラツキがみられたという(東大小林ら、05日本薬学会年会)。一概に不履行率何%とは言えない。
ノンコンプライアンスを調べるには直接法として直接観察下投薬、薬物・代謝物血中濃度測定、生物マーカー測定などがあるが、実用的ではない。間接法として患者アンケート、患者自己報告、患者日記、薬剤カウント、臨床的反応などがあるが、精度・信頼性に疑問が残る。医師から「毎日、正確に飲んでいますか」と訊かれたら「はい」と答えるのが一般的だろう。昔、結核療養所のベッドの隅に結核薬のPASが大量に隠されていた話はざらにあった。従って、治験時の服薬コンプライアンスは極めて重要で、表面的には守られながら、真に守られていないために評価を間違えるリスクは高い。
ノンコンプライアンスの原因としては患者側には服薬指示の誤解、飲み忘れ、病識の欠如、副作用危惧、薬効の不信、服薬不能などがある。薬側には飲みにくさ、複雑な服薬法、不快な味・匂い・色などがあげられる。一般に1日1回法が2〜3回法より、また、朝の服用が昼より服薬コンプライアンスがよいとされる。生活習慣病のように自覚症状の少ない慢性疾患の場合、とくに服薬コンプライアンスに注意を要する。
閑話休題。
「口頭により服薬の説明をする薬剤師の言葉遣いは、患者の服薬コンプライアンスに大きな影響を及ぼす」とは、第83回薬剤師国家試験に出た正誤問題である。
神原秋男 著
『医薬経済』 2006年2月15日号