若い頃、毎年1月15日には日本成人病学会が開催され、出席のため祝日を返上することを躊躇した思い出がある。70年設立の日本成人病学会は成人の日を中心に行われ、07年は1月13〜14日に都市センターで開かれる。
36年の歴史を持つ日本成人病学会の名称は02年1月14日、「日本成人病(生活習慣病)学会」と変更された。正式な名称に括弧がついている学会も珍しいし、本稿のように「言葉」の由来を考えるうえからも興味がある。
ところで、成人病という言葉は57年以来、厚生省が行政用語として使ったことが発端であるという。(「成人病の由来」、日本医事新報、昭和56・12・12)
「成人した時から生活習慣、食習慣に注意する必要がある」という思想を普及させるために、成人病? 壮年病? などの中から、行政的名称として成人病が選ばれた。「成人病対策連絡協議会」が発足し、肉付けされてこの病名は認知された。この名称は大蔵省から予算をとるための便法であったとも言われていた。そして、成人病対策として、「一次予防対策‥生活習慣の改善指導、二次予防対策‥早期発見・治療、三次予防対策‥再発防止」が取り上げられ、脳卒中や心臓病などのいわゆる成人病対策が講じられた。
ところで、本題の「生活習慣病」という用語はどこから生まれてきたのか。78年、高名な日野原重明氏は「成人病に代わる『習慣病』という言葉の提唱と対策」(「教育医療」Vol15.No3.)を論じ、「習慣病」を提唱された。「大人の慢性病は、ある日突然病気になるのではなく、若い頃からの日常生活のあり方や良くない習慣を繰り返す中で病気の根がだんだん広がってゆき、ある年齢に達すると症状が出てくることが多い」ことに着目されたものである。
しかし、ここから正式の「生活習慣病」になるのに約20年が経過している。98年12月、厚生大臣の諮問機関である公衆衛生審議会「成人病・難病対策部会」は「生活習慣に着目した疾病対策の基本的方向性について」を答申した。これは加齢に注目した「成人病」から、生活習慣に着目した「生活習慣病」という新概念の導入であり、新用語の誕生となった。
生活習慣病は食習慣、運動習慣、喫煙、飲酒、休養(睡眠)などの長い生活習慣の積み重ねが、病態を引き起し、悪化させる重要な要因になることを意味している。
もとより、病気の発生は「遺伝要因、外部要因(病原体、有害物質など)、生活習慣要因」によるとされ、慢性疾患の予防は生活習慣の改善が要である。00年から始まった「健康日本21」運動も生活習慣病対策の一環である。
生活習慣病(Life-style related Disease)に該当する疾患の代表的なものには、肥満、高脂血症、糖尿病、高血圧、脳卒中、心臓病などがある。予防策として、適切な食生活、運動、休養・睡眠、禁煙、節酒が上げられる。「5S追放運動」としてSalt, Sugar, Sitting, Smoking, Snacksの5Sを減らすことが肝要という。一方、厚労省は「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後にクスリ」と訴える。
生活習慣病という新しい用語と疾病概念が生まれた当時、「成人病対策が失敗したための衣替え策」とか、「将来、健康保険診療から除外するための予知運動」などと揶揄する仲間もいた。
「生活習慣病」という10余年前の医学教科書にはなかった用語が、今、日本の医療制度改革の根幹を背負う言葉になっている。
作られた一つの言葉のもつ威力・影響力に驚く次第である。
神原秋男 著
『医薬経済』 2006年5月15日号