スリ傷をしたからマキロンを塗り包帯をする。頭痛がするからセデスを飲む。これはごく一般的な日常生活である。
セルフメディケーション(以下セルメディ)とは、日常生活のなかで、自ら行っている病態に対する予防・治療行為を指している。一般に「自己治療」と直訳されているが、医師に頼らずに自分勝手な治療をすると誤解されやすいことから、「自分で自分の健康を管理すること」と訳した方が、真意を正しく伝えてくれる。カタカナ用語であえて言われると、何か特別の意味があるのか、と考えさせられる。事実、セルメディは、自己治療という日本語よりも、生活習慣病などの予防対策をも包含している点で、新しい概念である。これは言葉のもつ発展性であり、魅力でもある。
セルメディが、広く市民社会に普及しつつある背景には、大きく3つの要因が考えられる。
1つは国民意識の変化である。国民の健康に関する知的水準が向上するとともに医学関連情報が豊富になり、自分の身体は自分で守ろうとする意識が順次、浸透してきたこと。2つ目は、これからの少子・高齢化社会を健康で活力あるものにするため、そして社会保障費や医療費の増大を抑制するため、国が21世紀の国民健康づくり運動「健康日本21」を提唱し、広く国民に呼びかけていること。
健康日本21では9分野(栄養・食生活、タバコ、アルコール、歯の健康など)に、10年度を目途とした具体的な達成目標を掲げている。01年には推進母体として「健康日本21推進連絡協議会」が設立され、広く国民運動を展開している。この運動は直接的にセルメディには言及していないが、広い意味のセルメディ運動と言えよう。
3つ目はセルメディに関係する業界による、セルメディのパブリシティー活動が強力に展開されていることが挙げられる。関連業界としては一般用医薬品、ヘルスチェッカー品、健康食品、栄養、運動、アロマセラピーなど幅広い。
さらに、NPO法人「セルメディ推進協議会」の活動も活発である。また、動・食・眠・心を追求している「日本セルメディ協会」や「日本セルメディ学会」も組織されている。生活習慣病関連医学会をはじめ、各種医学会など多方面の学会で、セルメディの意義と効用と普及が論じられている。
さて、セルメディの最も大事なツールとして一般用医薬品が挙げられる。日本大衆薬工業協会はセルメディの普及と定着を、国際的活動を含めて強力に推進している。しかし、セルメディという概念は、順次、市民社会に普及してきたにも拘らず、この間、一般用医薬品の販売動向は停滞・減少傾向にあるという奇妙な現象が起こっている。一方で、「保健機能食品制度」が作られ、関連する健康食品やサプリメント製品群は異様な成長を遂げている。筆者は健康食品やサプリメントの今日的意義や科学的データに基づく有用性についての知識を持たないが、この現象をどう理解するか。
また、健康日本21が掲げた10年度までの70項目、110余の目標値に対して、20数値が計画策定時よりも悪化していると報じられている。セルメディという言葉が、本来の成果を挙げるために展開方策の再検討が必要かと思う。
「予防」重視を謳う今回の「医療制度改革法案」はその一端を担うのであろうか。
本稿で触れようとした「未病」の概念やセルフケア、セルフキュア、セルフプリベンション、そして配置薬の役割について、記すスペースがなくなった。
神原秋男 著
『医薬経済』 2006年6月1日号