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プラセボ

2023/07/11 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 24

 プラセボ(placebo)はプラシーボとも言い、一般的に「偽薬」と訳されている。中には「にせ薬」、「慰め薬」、「気休め薬」、「おとり薬」、「ダミー薬」などと呼ばれることもある。


 臨床薬理学会編の「臨床薬理学」によるとPlaceboの原語はラテン語のI shall pleaseに由来し、本来の意味は「とくに患者を満足させるか、心理的効果を期待して与えられる活性を有しない物質」とされ、「偽薬(偽はだますの意)という日本語訳はプラセボの本来の意味を誤解されやすいので使用しないほうがよい」とある。佐久間昭氏も著書「くすりとからだ」の中で、プラセボは「あなたをなぐさめ、お気のすむようにしましょう」としなぐさめ薬と説く。


 いずれにしてもプラセボには薬理作用はないか、ほとんど無視できるもの(でんぷん、乳糖など)が使われ、試験薬(被験薬)と外観、色、味、重さなどが同じものを言う。仮に、国家試験でプラセボを偽薬と訳したら正解か不正解?。言葉の持つ背景は複雑である。


 プラセボには薬理作用がないから効果はないと思われるが、実は「プラセボ効果」という言葉の通り、約35%に効果や副作用(ノーシーボ効果、nocebo effectという)が見られる。不安・緊張、痛みなどといった症状に影響(効果)が大きいとされる。プラセボ効果の程度は病気の種類、患者の個性、医師の暗示力などによって変わってくる。近年はプラセボ効果を疑問視する論文も出ている。


 臨床上プラセボを用いるケースとして2つの使われ方がある。1つは医療の場での応用である。例えば、不眠を訴え催眠薬を続いて希望する患者に、連用による薬物依存になるのを防ぐ目的でプラセボを与える場合がある。この他にも心身症や神経症の補助療法としてプラセボが使われることがある。


 もう1つは、臨床試験や治験において比較試験の対照薬としてプラセボを使うケースである。薬の効果と副作用を、より科学的に検証するために対照群を設けて比較する。この対照薬として、しばしばプラセボが使用される。この方法にも、単に試験薬とプラセボとを比較する方法と標準薬療法にプラセボと試験薬を上乗せして薬効を比較評価する方法がある。


 臨床試験における心理的影響を避け、正しく客観的な評価精度を高めるために日本でも、60年代後半から、プラセボを使った二重盲検比較試験法が定着してきた。


 他に臨床試験にプラセボを使う方法としては、試験前の観察期に、「ウオッシュアウト」するために使う場合や試験後に「退薬症候」の出現の有無を調べる目的で使うケースがある。


 このように、使用目的の多いプラセボであるが、使う場合は常に倫理的側面を配慮しなければならない。臨床試験の倫理性を司るヘルシンキ宣言でも、02年にプラセボ対照試験施行に関する注釈が追加された。一定の適正な条件下であれば、プラセボ対照試験は倫理的に問題はないとされている。


 プラセボを対照とした比較試験成績が、日本の薬業史上に衝撃的なインパクトを与えた事件があった。年間、千数百億円の売上げを持つ主要な脳循環代謝改善剤の4成分が、プラセボとの比較試験で有効性が立証されず、98年の再評価により一挙に認可取消しになる異常事態があった。これをもプラセボ反応と言って良いかどうか。


 本誌の「珈琲一杯の薬理学」欄でユニークな内容を披瀝されている岡希太郎先生が、「都薬雑誌」の5月号に「偉大なるプラセボ」と題した逸文を記されている。ぜひ参照願いたい。


神原秋男 著
『医薬経済』 2006年6月15日号

2023.07.06更新