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ドラッグ・ラグ

2023/07/18 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 28

 タイム・ラグは「時間のズレ・遅れ」を指している。社会学では文化的な遅れを意味する場合がある。ラグ(Lag)には、遅れる、遅延、のろのろ歩くという意味があり、タイム・ラグはかなり強調された表現である。ここで取り上げる「ドラッグ・ラグ現象」とは「ドラッグ・タイム・ラグ現象」から生まれてきた言葉であろう。「現象」を略して「ドラッグ・ラグ」と言われる場合もある。


 したがって、ドラッグ・ラグとは「薬の承認・販売が遅れて使用できない現象」を指している。ドラッグ・ラグはいろんな要因により起こってくるが、一般に先進国に比較して後進国に顕著である。


 日本でドラッグ・ラグが急速にクローズアップされ、問題視されるようになったのは、医薬品先進国と考えられ、世界第2位の医薬品市場をもつ日本が、ドラッグ・ラグに陥っていることを、多くのデータが実証しているからだ。


 03年の世界売上高上位150品目(ニーズの高い重要医薬品と考えられる)について、日、米、英、仏、独の5ヵ国の上市順位をみると、日本は最後の5番目に上市されたのが62品目(41%)と最も多く、さらに、まだ上市されていない品目が43品目(29%)ある。


 また、150品目に入っている日本オリジン製品の17品目についてみると、日本で最初に上市したのは10品目で、残り7品目は2〜5番目の上市である(政策研ニュース17より)。


 すなわち、日本の患者は世界で汎用されている新薬の70%の品目について、5ヵ国中、最も遅れた時期にしか使えない実情になっている。また、日本の会社が発見した新薬でも、世界最初に使えるのは6割であることを示している。


 このように日本は欧米先進国と比較し、明らかなドラッグ・ラグ状態にあるが、アジア諸国と比較しても、同じような状況にあると報じられている。


 「よりよい薬を、より早く患者の手に」は厚生労働省をはじめ、薬に関わる人、医療に携わる人の願いであり、目標である。ところが、現実はむしろ逆の方向へと進展している。この原因はいろいろ考えられるが、集約すると①臨床開発期間の長期化、②承認審査期間が長いーーの2点に集約される。


 ③として、①と②のために製薬企業側は日本での臨床開発・承認を戦術的に、遅れてもやむを得ないとする状況にあるためだ。


 例えば、日本の新薬の開発状況をみると、93年に「海外先行ないしは海外のみ」で開発されていた品目は18%だったが、00年には43%に上昇している。すなわち、日本の新薬の臨床開発は海外へ大きくシフトしている。結果として日本での上市は遅れ、ドラッグ・ラグの要因のひとつになっている。


 開発期間の長期化の原因は日本の治験が「遅い、経費は高い、質は悪い」と指摘されている点に尽きる。この3点の改善を図り、国際水準にまで引き上げなければ、治験の空洞化現象は解決しないし、ドラッグ・ラグの解消にならない。


 厚労省は「治験のあり方に関する検討会」を中心に総括的な審議を進めている。また、「未承認薬使用問題検討会議」はドラッグ・ラグを解消するために品目ごとの具体策を示し、成果を収めている。


 欧米先進国やアジア各国がグローバル化時代に対応し、新薬開発・承認を迅速化し、患者への新薬供給に努めているのに、日本はドラッグ・ラグを起こしている。


 これが文化的遅れにつながらないよう、患者のためにも、リーディング産業の地歩を築くためにも、産官学が一体でドラッグ・ラグ克服策を講ずる必要がある。


神原秋男 著
『医薬経済』 2006年9月1日号

2023.07.06更新