医薬経済オンライン

医療・医薬業界をさまざまな視点・論点から示すメディア

DDS

2023/07/26 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 34

 薬は病巣部位に一定の有効量が到達して初めて効果を示す。従って、薬の効果を発揮させるには標的の病巣組織(細胞)に、薬の必要量を届けることが必須である。


 DDSは、Drug Delivery Systemの略号で「薬物送達システム」と訳されている。至適量の薬物を、必要な場所に、必要なときに、必要な時間供給する仕組みを意味している(DDSを「薬の卸システムか」と問うた人がいたそうだが、言い得て妙である)。


 実際に身近にDDSが実用化された例として、薬を大腸や小腸まで溶かさずに運ぶ(腸溶錠)、徐方化により服用回数を減らした経口剤、がんの患部に薬を集める方法、口の中ですぐに溶ける錠剤、皮膚に貼り付けて薬を放出させる経皮吸収剤、鼻粘膜や肺から直接吸入させる噴霧剤などが挙げられる。


 DDS製剤技術の発展は、既存の医薬品に、①「徐方性」を高めることで作用の持続化・投与回数の軽減を図る②「放出の制御」を行い血中濃度の持続化や平坦化を図る③「標的指向」を高めることにより効果の向上と副作用の軽減を図る④「投与経路」の変更を可能にして用途の拡大や利便性を高めるーーなどの特性を付与している。DDS製剤とは、少ない薬物量で、副作用が少なく、適確な効果を挙げることや投与法の改善を企図した技術研究の成果である。


 製薬企業にとってDDS製剤は既存薬の付加価値を高め、競争力を強め、市場拡大を図る重要な対策になっている。また、知的所有権の拡充や製品寿命の延長につながる製品改良戦略としての意義が高くなっている。さらに最近は、既存薬の付加価値向上策としてのDDS製剤ではなく、DDS技術をベースにした新医薬品開発研究が進められている。作用が一過性で短い化合物、副作用の強い化合物、吸収の悪い化合物、分解されやすい作用物質など、従来の概念では薬にならなかったものが、DDS技術により、新医薬品に創製されるケースは少なくない。


 05年の医療用医薬品世界売上高34位(18.9億ドル)のハルナール(アステラス製薬)、同じく46位(16.3億ドル)のリュープリン製剤(武田)は、ともにDDS技術により画期的成果を挙げた製品である。ハルナールの成分、塩酸タムスロシンのTmaxは1時間で一過性の起立性障害が見られたが、徐放性粒にすることによりTmaxは約7時間となり、1日1回投与の国際製品になっている。あまり知られていないがDDS技術の成果である。また、前立腺がんのメイン治療薬であるリュープリンSR注は、LH‐RH誘導体の酢酸リュープロレリン製剤である。マイクロカプセル型徐放性製剤にすることにより、4ヵ月に1回の皮下注射ですむ画期的なDDS製剤である。


 経皮吸収剤のなかには放出制御機構を組み入れたものが多い。ニトロダーム、フランドルや抗炎症剤のケトプロフェン製剤などがあり、禁煙補助用ニコチンガムのニコレットは咀嚼による口腔粘膜からのニコチン吸収を配慮したDDS製剤といえる。昨年、欧米では吸入式インスリン製剤が発売され、注目されている。


 このように例示すればキリがないが、薬物療法の有効性・安全性を高め、易使用性を高めるうえでDDS技術は広く貢献している。


 創薬研究の重要な分野としてDDS技術に期待する課題は多い。蛋白質製剤の経口製剤化、主要組織・臓器に特異的に送達する製剤技術、生体反応に応答して薬剤放出を自動調節するDDS製剤などの技術開発は困難であろうが、夢多い21世紀の研究課題である。


神原秋男 著
『医薬経済』 2006年12月1日号

2023.07.12更新