医薬経済オンライン

医療・医薬業界をさまざまな視点・論点から示すメディア

参照価格制

2023/07/27 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 35

 日本の保険診療においては、使用した医薬品の金額は薬価基準に収載されている価格に基づいて償還される。薬価基準は銘柄別に価格(点数)が決められている。


 「参照価格制」とは、1つの薬剤グループについて保険償還限度価格を決めている「固定価格制」(Festbetrage, Fixede price 固定価格)を指している。薬のグループ分けは同一有効成分を含有する薬剤、薬理学的に類似の作用を持つ薬剤、治療目的・効果が同じ薬剤を1つにまとめる。これに同一の参照価格(保険償還限度価格)を定めているのが、いわゆる参照価格制度である。


 具体的にシンプルな例で説明すると、銘柄A=100円とB=80円の同一成分の製品がある場合、参照価格は80円と決められる。このケースで、A銘柄を使用した場合、超過分の20円は自己負担として患者から徴収する制度である。なお、参照価格以下の同一成分薬剤はその価格を償還価とする。


 この制度は89年にドイツで医療費抑制策として導入されたが、スウェーデン、デンマーク、オランダなども取り入れている。


 ところで、他国の医療制度の一部を示すに過ぎない用語の「参照価格制」が、なぜ日本の医薬の世界に影響を及ぼすような言葉と事態になったのだろうか。


 実は、日本でも医療費のなかの薬剤費の抑制、薬価差の解消をめざして、現行の薬価基準制度に変わる日本型参照価格制(薬剤給付基準額制度)を導入する考え方が90年代から台頭し検討されてきた。当時の厚生省は99年から、与党医療保険制度改革協議会案では00年に実施する方向にあった。


 しかし、医師会を中心とした猛烈な反対運動(600万人の反対署名を集めた)により具体化は阻止された。医師会員のなかには、参照価格制が薬に取り入れられれば、次には検査材料、手術料などへと進展し、経済状態によって差のある医療を保険診療で認めることになると危惧していた。


 日本型参照価格制案が葬り去られたとはいえ、その延長戦は続いている。今年4月、後発医薬品推奨策として改正・実施された医師承認型の「代替調剤」は、参照価格制の末端的事項の一部導入と読むことができよう。また、昨年の中医協で継続審議事項になっている後発品のある先発品の薬価算定に「成分加重平均」方式を取り入れる案は参照価格制に反対した時に、医師会が提議したものである。先発品薬価の抑制という点からは参照価格制の狙いの一部を充足するものとも解釈できる。また、財務省、財政制度等審議会、規制改革・民間開放推進会議などは一貫して薬剤費削減の切り札として、参照価格制の導入を主張している。


 製薬業界は、従来から「同一でない製品に同一価償還は市場価格の意味をなくしている、薬剤特性の無視は薬剤選択を歪める、価格を含めた市場の製品差別化競争は薬物療法の進歩改善を促す、固定額制は薬剤費抑制にならない(ドイツの例)」などの理由を挙げて、参照価格制に反対してきた。


 日本製薬工業協会・医薬産業政策研究所は、最近のドイツ研究開発型製薬産業の競争力低下の状況を分析し、参照価格制導入は新薬産業の国際競争力低下や後発品企業の隆盛のみでなく、国民の新薬アクセスをも悪化させていると紹介している(政策研ニュース18)。


 医療費抑制という至上命題が続く限り、薬剤費論議は絶えず、参照価格制も出てくる。適正で国際水準の薬物治療を、常に受けられるための薬価制度とは何かを考えさせられる。当面は「成分加重平均方式」の行方を見守りたい。


神原秋男 著
『医薬経済』 2006年12月15日号

2023.07.12更新