治験を含む臨床試験の成績はEBMの中核となり、より科学的な薬物療法の確立と普及の基盤をなしている。最近は、とくに長期大規模比較臨床試験の成績が、疾病治療時の薬の選択に重要な役割を果たすようになってきた。
製薬企業は大規模試験の強い影響力をフルに活用するために新規治験の展開と、その結果の広報活動に注力している。一方、試験の成績が悪く販売制限や販売中止に至る場合も少なくない。米メルクのCOX2阻害剤バイオックスがその例である。これらの事実からわかるように、臨床試験は医薬品の生殺与奪権を握っている。
この重要な意味をもつ臨床試験について成績がポジティブなものが公表され、ネガティブなものは公表され難い傾向にあるという。なかには意図的に試験結果を公表しないケースもある。試験者による選択的・操作的公表として批判されてきた。また、ネガティブデータが公表されていないために別の試験者による同じ試験が行われる危惧がある。これらは通称「出版バイアス」といわれ、その防止が強く指摘されていた。
また、ヒト試験で得られた情報はすべて公共財で、公表すべきという考え方があると同時に、一方で知的財産権の保護という対立的な概念もある。最近は臨床試験で得られた成果は試験者やスポンサーの私的利益の追求のみに使用されるのではなく、試験結果は社会全体に公正に還元されるものという考え方に集約されてきた。
04年9月、欧米の有力医学雑誌が加盟する医学誌編集者国際委員会(ICMJE)は「臨床試験登録」を論文投稿の要件とする方針を表明した。アピールの主旨は「一部の臨床試験結果を報告しないという状況が実際にあり、臨床における意思決定に用いるエビデンスが歪んだものになっている。ICMJE加盟論文誌は論文掲載を検討する際の条件として、今後公的な臨床試験登録システムに登録されていることを求める」こと。
この決定の引き金になったのは英GSKの抗うつ薬の小児臨床試験データの未開示事件であるとされる。いずれにせよ、国際的な医学専門誌が「事前登録していない臨床試験論文は受理しない」と宣言した。「臨床試験登録制」により試験の実施段階の透明性と公開性を求め、論文の公正さを追求したものである。また、登録制によりネガティブ試験の公表を条件づけることになる。
日本では大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)が05年6月から「UMIN臨床試験登録システム」(UMIN CTR)を運用している。UMIN CTRはICMJEの認定サイトで、ここに公表しておけば国際医学誌への投稿条件を満たす。すでに多くの臨床試験が登録されており、その開示内容について一覧をお薦めする。
製薬協は「臨床試験の登録・結果公開の実施要領」を作り、日本医薬情報センターから「臨床試験情報」として公表している。ただし、内容は薬事法の広告規制もあり、被験者リクルートや広告には使えないという制約を受けている。日本医師会治験促進センターは医師主導治験を主体とした登録サイトを運用している。
臨床試験登録制が普及・一般化すれば、試験の全貌を誰もが正しく把握できる。試験の透明性が確保され、試験の質を高め、試験の新企画の精度を高められる。また、被験者の協力も得られやすくなろう。さらに、試験結果が試験者の企図と関係なく、正確に社会に還元されるシステムとして機能する。臨床試験登録制は情報化時代の重要な新ツールである。
神原秋男 著
『医薬経済』 2007年1月1日号