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TDM

2023/08/01 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 38

 かつて名医は患者の状態を観察して、薬の用量を「さじ加減」により調節したとされる。現在は、ほとんどの診療が検査データに依存しており、診断と治療がより科学的になってきた。


 薬の投与量についても、ひとつの指標として薬の血中濃度を測定し、それにより薬の投与量を適正量に調節する方法が開発された。これがTDM(Therapeutic Drug Monitoring)である。「薬物血中濃度モニタリング」(略して薬物濃度モニタリング)と訳されているが、「薬物治療モニタリング」と訳す人もいる。この翻訳の違いにはTDMに対する基本的考え方に違いがあるように思う。


 TDMを厳密に今日的に定義すると、「個々の患者の血中濃度を測定することにより、望ましい有効治療濃度に収まるように用量・用法を個別化する医療技術」となろう。今、注目されている「個の医療」確立研究の先陣を切った技法である。


 薬は、同じ量を服用しても効く人、効かない人がおり、副作用についても同じようなことがある。この原因の第一の理由は、同一用量であっても、血中薬物濃度が等しくならないためと考えられる。その理由は吸収、分布、たん白結合、代謝、排泄などに個人差があるからである。これを専門的には薬物体内動態(phamacokinetics)における個人差という。この個人差を見究めて適正な用法・用量の設定を行うのがTDMである。


 とはいえ、薬物療法を行うすべての人の血中濃度を測定することは不可能であり、またその必要もない。一般的には添付文書に記載されている用法・用量に従えば、効果は高く副作用は少ないように設計されている。


 TDMが必要な状況とは、「有効治療濃度域が狭いもの、薬物体内動態の個人差が大きいもの、薬物濃度により効果・副作用が大きく左右されるもの、副作用が重篤なもの、治療効果を見るのが難しいもの」などが上げられる。


 具体的にTDMを行うことが必要ないし望ましい薬物としては、ジキタリス製剤、抗てんかん剤、テオフィリン製剤、アミノ配糖体類、シクロスポリン、タクロリムス、メトトレキサート、リチウム、抗不整脈薬、サリチル酸系製剤などが挙げられている。言い換えれば、これらの薬物を投与するときは、患者ごとに慎重に用法・用量を決めることが必要である。また、これらの薬物についてTDMを行えば、保険適用され、「特定薬剤治療管理料」が給付される。


 薬物濃度の測定方法は、迅速・簡便にでき、少量の血液で臨床的に満足できる測定感度が必要である。近年は免疫測定法などを応用したキット製品が出ている。


 TDMの研究と振興を期す「日本TDM学会」がある。理事長の谷川原祐介氏(慶応大学教授)は「本学会は従来血中薬物濃度を指標とした個別化投薬を先導してきたが、一方で、ゲノム医学の進展は目覚しく、オーダーメイド医療の実践は国民一般からの社会的要請になりつつある。今後は個別化投薬をキーワードに、血中濃度に加えて遺伝子、たん白質、代謝物質など薬効のバイオマーカー研究全般に関する議論の場と位置付けたい」と記している。


 21世紀は「個の医学」の時代であり、「個の医療」が確立される世紀とされている。さじ加減から脱却して、科学的に個の用量設定を行うTDMは個の医療の実施に先鞭をきった。幸い、日本のTDMの研究レベルと普及状況は世界水準以上である。薬を安全・有効に活用するために「個別化投薬研究」の一層の発展を祈念する。


神原秋男 著
『医薬経済』 2007年2月1日号

2023.07.12更新