日本で「患者中心の医療」という言葉の導入役を果たしたのはインフォームドコンセントであり、自己責任や自己選択権という用語であろう。「患者中心の医療」という言葉は多分、NORD(全米希少疾患患者組織)の患者は消費者である。消費者は商品を購入する際、「品質、満足、選択」を求める。患者にとっては医療サービスも商品購入と同じことであり、すべて患者中心に考えるべきだという考え方から出てきた。
日本においても「患者中心の医療」という言葉は患者会などの中で使われていた狭い世界の用語であった。これが広く市民権を得たのは02年、福岡で開催された第26回日本医学会総会で採択された福岡宣言に拠るところが大きい。
福岡宣言の第1項で「21世紀にめざす理想の医療は、心をもった人間を見失うことのない、生命の尊重と個人の尊厳に基づく患者中心の医療である。そのためには、これまでのおまかせ医療から患者本位の選択できる医療の実現に医療提供者、国民ともに努力しなければならない。…」と謳っている。医学会総会の公的宣言に、患者中心の医療という言葉が初めて具体的に取り込まれた。
03年8月に厚生労働省がまとめた「医療提供体制の改革ビジョン」には①患者の視点の尊重、②質が高く効率的な医療の提供、③医療の基盤整備——の3点が提示され、患者重視の視点が第1項に取り上げられた。
また「21世紀の医療システム研究会」は「患者主体の医療改革への提言」において…医療の主体は患者である。患者の安心・納得を尊重する原則を保証するシステム…と強く患者主体の医療の実現を求めている。一方、「医療はサービス業である。患者さんの満足度を高めるためにマーケテイング思考が必要」とする医療産業論的視点からの主張も時代背景として見逃せない。
「患者中心の医療」という用語の反対語は「医師中心の医療」または「病院・医院施設中心の医療」と言い換えることができる。即ち、「医師中心の医療」から「患者中心の医療」への大転換を迫っており、これまでの医療のあり方に強い批判を込めた用語である。その言葉が良くぞ市民権を得たと思うし、歴史的には医療内容革新の礎石となる用語の1つになろう。
「患者中心の医療」が言われて久しいが実際の診療の場に定着するにはまだかなりの時間を要しよう。それは医療関係者と医療消費者との間にかなりの知識・情報の格差があり、長年にわたり培われてきたパターナリズムから脱却できないからである。お医者任せでは「患者中心の医療」は定着しないし、医療消費者の研鑚も重要となる。福岡宣言でも患者中心の医療を主張しながらも国民の努力も要請している。例えば「セカンドオピニオンを聞いてみたい」と8割近くの人が思っているが、「実際にはできない」人が4割以上を占めているという意識調査がある。主治医にセカンドオピニオンが欲しいので診断資料を貸してくださいと気楽に言える時代になるには、医師と患者双方の適正な医療を求めた真摯な対処が必要である。
これからは新薬開発や医薬品マーケティングにおいても、患者中心の考え方の導入が必要となろう。
なお、行政側は「患者中心の医療」という言葉に替えて「患者本位の医療」という言葉を使っている。立脚点の違いからきているのだろうか?
「患者中心の医療」、「患者本位の医療」、「患者主体の医療」の異同は? 人を動かす言葉は難しい。
神原秋男 著
『医薬経済』 2005年8月15日号