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DOTS

2023/08/07 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 42

 DOTSは、結核の治療・管理に携わっている方には極めて常識的で、日常的な用語だが、残念ながら、一般市民にはあまり馴染みのない用語である。しかし、DOTSは結核の適正な薬物療法のあり方を世に問い、この運動により後進国を含めた結核治療に画期的な成果を収めつつある、世界的な結核征圧運動を示す略語である。


 DOTSとはDirectly Observed Treatment, Short-courseの略で「直接監視下短期化学療法」、または平易に「直接服薬確認療法」などと訳されている。ところが、DOTSは単に、それを意味する略語として扱われているのみでなく、「WHOの結核対策戦略」=「DOTS戦略」として、広く世界中に展開されている。


 WHOの結核対策の基本をなす「DOTS戦略」とは、次の5要素からなっている。①結核対策への政府の強力な取り組み。②有症状受診者に対する喀痰塗抹検査による患者発見。③少なくとも、すべての確認された喀痰塗抹陽性結核患者に対する、適切な患者管理(直接監視下療法)のもとでの標準化された短期化学療法による優先的治療。④薬剤の安定供給システムの確立。⑤整備された患者記録と報告体制に基づいた対策の監督と指導。


 つまり、DOTSの直訳は③を意味するが、それが発展して、DOTSは5要素からなるWHOの総合的な結核対策戦略を意味し、WHOの結核戦略のブランド名に置き換えられて使われている。


 DOTS戦略が組み立てられた背景には「単に短期化学療法を導入し、治療期間を短くしただけでは治療成績の向上は満足するレベルには達せず、服薬を直接確認するシステムの導入によって、初めて85%以上の治癒率の達成が見込める」とする国際肺結核肺疾患予防連合(IUATLD)の研究成果から導き出されたものだ。


 結核の化学療法は短期間とは言え6ヵ月以上を要し、患者は必ずしも自覚症状が顕著ではないため、また貧困のために薬を忌避する場合が少なくない。従って、結核の治療は抗結核薬の正確な服用、服薬コンプライアンスの向上が鍵を握る。患者が実際に服用することを直接的に監視・指導する治療法を、現場に普及させることが世界結核対策の要になっている。


 世界の結核患者は毎年約900万人が新たに発病し、160万人が命を落としており、最大の成人慢性感染症として働き盛りの人を直撃している。そのため、結核対策は「2015年までに結核の有病率と死亡率を半減させ、結核の罹患率を減少に転じさせる」という国連ミレニアム開発目標が掲げられ06年から、『ストップ結核世界計画(06〜15)』が展開されている。この新戦略は05年まで推進してきた基本的なDOTS戦略の一層の向上を核に、多剤耐性結核やエイズ合併結核対策の推進から新薬・診断・ワクチンの開発支援にいたる壮大な10ヵ年計画である。


 わが国におけるDOTS戦略は厚労省が中心となって展開されている。その骨子は「喀痰塗抹陽性患者の発掘→入院中の院内DOTSの実施→DOTSカンファレンスの実施→退院後の地域DOTSの実施(外来DOTS・訪問DOTS・連絡確認DOTS)→DOTSカンファレンスの実施」へ、フィードバックする仕組みになっている地道な活動である。DOTS戦略の策定には、90年代初期のWHO結核対策課長である古知新博士をはじめ、多くの日本人研究者の貢献がある。


 薬物療法の成果は、正確な「服薬管理」により達成されることを教える貴重な教訓でもある。


神原秋男 著
『医薬経済』 2007年4月15日号

2023.07.20更新