「サーカディアンリズム」とは生体が示す1日のリズムで、日周期リズム、日内リズム、日内変動などという。
昼間に亢進する生体機能としては交感神経、体温、血中コルチゾール、消化管運動、P‐450 活性などがあり、夜に亢進する生体機能には、副交感神経、白血球数、リンパ球数、胃酸分泌、ヒスタミン分泌などが上げられる。
このような人間の生理機能の日内リズムと連動して、薬の効果、毒性、薬物動態にもリズムがある。生体リズムは薬の吸収・分布・代謝・排泄そして薬の効きめに影響を及ぼす。生体リズムと薬の作用・動態との関連性を究明し、どのタイミングで薬を投与するのが、薬の効果と安全性を高めるかを明らかにし、応用する研究を時間薬理学(Chronopharmacology)という。この理論を実際の治療に適用することが時間治療法である。
1日のうち病気の発生しやすい魔の時間帯として知られているのは、0時から4時頃の胃潰瘍、早朝の4時から10時頃に気管支喘息、異型狭心症、アレルギー性鼻炎、脳梗塞、慢性関節リウマチ、心筋梗塞などが発症しやすく、夕方から深夜にかけて心筋梗塞、胃潰瘍、脳出血などが挙げられる。
広くは「時間生物学」をベースとして、「時間医学」、「時間薬理学」、「時間治療学」へとつながっている。時間薬理学研究の成果として添付文書のなかに、投薬時間を指定している医薬品には「喘息治療薬、消化性潰瘍治療薬、降圧薬、高脂血症治療薬」などがある。このほか、投薬時間に配慮する医薬品としては、抗がん薬、抗精神薬、利尿薬などが挙げられる。
例えば、気管支喘息は深夜から早朝にかけて症状(発作性の咳・喘鳴・呼吸困難)が発症しやすい時間生物学的な特徴がある。そこで気管支拡張薬のテオフィリン徐放性製剤を就寝前に服用させ、深夜から早朝の発症時間帯まで有効血中濃度を維持し、喘息症状の発現を抑制する投薬方法がしばしば行われている。時間薬理学応用の典型的な治療法である。
シンバスタチン、フルバスタチンなどのスタチン系抗高脂血症薬は1日1回夕食後に投与されるケースが多い。スタチン系薬はコレステロールの生合成系の律速酵素であるHMG‐CoA還元酵素を特異的にかつ競合的に阻害し、主に肝臓でのコレステロール合成を抑制する。この結果、肝臓のLDL受容体活性を増強し、血中からのLDLの取り込みを増加、血中LDL濃度を低下させる。これが総コレステロールやLDLコレステロールを低下させるメカニズムである。コレステロールの生合成は生体リズムの影響があり、夜間に活性化する。そこで、1日1回の投与のスタチン系抗高脂血症薬の服用時間を朝・夕の投与群に分けて与える二重盲検試験の結果、夕食後投与群が血清コレステロール値の低下作用の強いことが判明した。つまり、夕食後の投与が時間薬理学的にみて合理的ということになる。
近年、薬の効果と安全性を最大化するために、患者の特性に応じた個別化薬物療法の重要性が指摘されている。このために、個別化するのは薬の投与量、投与間隔だけでなく、患者の有する生体リズムの特性を配慮した投与タイミングの設定も肝要である。
合理的な薬物療法を確立するための基礎的な学問領域として薬物動態学、薬理遺伝学、薬物相互作用、TDM(治療的薬物モニタリング)と並び、時間薬理学を挙げる専門家は多い。時間薬理は「薬の使い方の科学」を構成する大事な要因であると指摘したい。
神原秋男 著
『医薬経済』 2007年5月15日号