新薬の創製(研究開発)には10年以上の歳月を必要とする。従って、どのような疾患・病態・病状を標的とした医薬品開発を狙うかは、新薬の研究開発戦略を策定する上の最重要事項となる。
アンメット・メディカル・ニーズ(Unmet Medical Needs=UMNs)とは「未だ満たされていない医療ニーズ」を意味し、治療方法のない医療のニーズだ。噛み砕いて言えば「医療の現場から望まれているにもかかわらず適切な治療薬がない分野」を指し、UMNsは企業の開発領域策定のキーワードである。
この50年間に、抗生物質・抗菌剤、循環器疾患用薬、ホルモン剤、消化管用薬、感覚器官用薬、神経系用薬、免疫抑制薬など広範な疾患領域で新薬が開発され薬物療法の幅と満足度を高めてきた。つまり、多くの疾患・症状に対し、新しい有効な薬物が見出されるとともに作用機序の異なる新薬や投与回数の少ない新薬も登場し、薬による治療の幅が広げられ、薬物療法の満足度も高まってきた。胃潰瘍や高血圧症、感染症などを考えると、このことは歴然である。
このような、見方によれば成熟した医薬品市場にあって、さらなる医薬品産業の成長・発展をきたすには、従来の視点では限界がある。新しい展開領域や市場の伸びや拡大が期待できる潜在患者が多い疾患領域を見出し、新薬開発の標的にすることが必要だ。この市場をUMNsと呼ぶ。
UMNsには具体的に主に3つの領域が考えられる。
①「現時点で治療法がないか効果が不十分な疾患群」。アルツハイマー病や多発性硬化症、MRSA感染症、VRE感染症、安全な抗がん薬など、いわゆる難治性疾患や希少疾患が該当する。
②「治療の対象になるという認識のない疾患領域」。例えば、勃起不全(ED)は、今から20年前には治療の対象としてはほとんど考えられなかった。また、ニコレットやニコチネルといった禁煙補助薬もこのグループに入る。今後も、我われが認識や想像しない領域で、新しい薬剤が出現してくるとみられる。本当のUMNsとは、この領域のみを指すという考え方もある。
③「その他」。新しいタイプの予防薬やQOL改善薬、適用方法(剤形など)の改善薬などが考えられる。
UMNsはこのように定義されているが、企業の研究開発テーマとして取り上げられた標的の疾患が、UMNsに該当するかどうかの判断はその企業自身が政策的に決めること。つまり、UMNsは研究標的薬のコンセプトに関わるため、第三者がとやかく言う問題ではない。
むしろ、UMNsは、製薬企業が新薬探索テーマを策定する段階の重要な概念であり、他社に先駆けてUMNsをうまく捉えることができれば、患者への貢献とともに競争優位な立場になる。また、隠れた医療ニーズや医療現場の要望を収集することから、MRのUMNsの発掘に果たす役割は重要だ。例えば、急速に市場を制覇した造影剤のシリンジ製剤開発はMR提案の成果とされている。
ちょうど、07年3月期の決算報告が各社からされているが、そこでは新薬開発パイプラインについての説明に力を入れてなされている。そのなかでUMNsなる言葉が頻繁に使われている。インターネット上の企業情報にもしばしば使われている。
UMNsなる言葉が、まったく新しいジャンルの新薬を創製する可能性がある。まさに、言葉は組織を動かしている。
神原秋男 著
『医薬経済』 2007年6月15日号