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バイオマーカー

2023/08/23 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 51

 08年度予算で、厚生労働省は「バイオマーカー」の探索研究事業の新規予算要求を検討しているという。バイオマーカー(biomarker)は「生体内の生物学的な変化を定量的あるいは定性的に計る指標(マーカー)」と定義されている。これを厳密にFDA(米食品医薬品局)の定義に添って表現すると、「客観的に測定され、正常な生物学的プロセス、病理学的プロセス、あるいは治療的介入に対する薬理学的反応の指標として評価されている特性」となる。


 例えば、肝機能検査に使われるALT(GPT)やAST(GOT)、ALP、脂質代謝をみる総コレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪など一般の健康診断に使われている多くの検査項目はバイオマーカーである。つまり、バイオマーカーは、特定の疾病や病態、体の状態に相関して量的に変化(有無を含めて)する。従って、病気の診断、病気の進行や治療の具合、病気の予後などを判断する重要な生体由来因子である。また、病気の診断・治療状況を把握できる点から、薬の適応や効果、副作用の予測・検出、用量の調節、投与期間などの適用判定の物指しになるだけでなく、創薬研究でも重要な役割を果たす。


 ところで、コレステロールやALPなどの一般化しているバイオマーカーの研究に、今頃なぜ、探索事業として、国が新規研究予算を投入するのか。21世紀に入ると、ゲノム上の遺伝子情報が解読され、RNA、DNA、たんぱく質、またはたんぱく質断片をベースとした分子情報がバイオマーカーとして極めて有用なことが判明してきた。これをゲノムバイオマーカーや、分子バイオマーカーと呼ぶ。


 ゲノムバイオマーカーの厳密な定義は「正常な生物学的過程、発病過程および・または治療的介入等への反応を示す指標となるDNAもしくはRNAの測定可能な特性」(ゲノム薬理学用語集)とある。このようにゲノム研究の進展でバイオマーカーの概念が一新されたと言える。昨年9月にFDAは、これまで承認した薬剤のなかからファーマコゲノミックス情報を含む薬剤ラベルに記載されているバリッド・バイオマーカーの一覧表を公開した。そこにはイリノテカン、ハーセプチン、グリベックなどの抗がん剤が記されている。ゲノムバイオマーカーが、薬の適否・選択を決める。つまり、新しいバイオマーカーには薬の「有効性を予測・評価するためのバイオマーカー」、「副作用を予測するためのバイオマーカー」、「患者選択のためのバイオマーカー」という3種類があり、創薬研究の効率化に大きく貢献している。


 新しいバイオマーカーが求められている疾患には、まず癌が挙げられる。新規抗がん薬の開発成果だけでなく、適確な診断・治療法のない癌や早期癌の発見などに画期的なバイオマーカーが見出されつつある。


 また、現在も適切な病態指標が確立されていない、例えば、認知症や統合失調症のように客観的な診断法や効果判定法がない疾患グループに対するバイオマーカーの開発が期待されるとともに、老化や疲労の状況を判定するバイオマーカー、生活習慣病のリスク診断やリスク予防を見究める疾患予防バイオマーカーなど研究領域の幅は広がり、08年の世界市場規模は290億ドルと予測されている。


 ゲノムバイオマーカーの研究は一機関の単独研究では不効率で、多分野の先端的研究者の統合と共同研究が必要。それゆえ21世紀の医療と保健の基盤を構築する新研究事業として、国の強い取り組みが期待されている。


神原秋男 著
『医薬経済』 2007年9月1日号

2023.10.31更新