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再生医療

2023/08/28 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 54

 10月3日の薬事・食品衛生審議会薬事分科会において「ヒト自家移植組織」である「培養皮膚」が承認された。申請者はベンチャー企業のジャパン・ティッシュ・エンジアリングで、商品名は「ジェイス」という。


 ジェイスは、熱傷患者自身の正常な皮膚から採取した皮膚組織の表皮細胞を分離、それをフィーダ細胞に播種・培養し、シート化した製品である。適応は自家植皮ができない重篤な広範囲熱傷(受傷面積は体表面積の30%以上)に限られている。


 現在、重度の熱傷は本人の患部以外や他人の表皮をはがし、移植手術を繰り返す治療法しかない。ジェイス療法の特長は一度の移植でよく、免疫拒絶反応もなく、患者の苦痛が大幅に軽減される点にある。本剤は、熱傷治療にまったく新しいページを拓いたものである。これをメディアは「再生医療」の産業化第一号と報じている。申請は04年10月なので、丸3年の長い審査期間を要したが、化合物医薬品とは違う法規制のあり方の議論を経て承認された。


 培養皮膚を用いた熱傷治療は典型的な再生医療のひとつである。「再生医療」とは、からだの一部が死滅したり外傷で失われたり、あるいは臓器や組織の働き(機能)が損なわれたりした場合に、細胞を使用してその失われた機能を取り戻し発揮させる(正常な状態に『再生』する)医療のことである。


 再生医療が狙う領域は広く次の4つのアプローチがされている。

①生理活性物質や遺伝子による再生。細胞や組織の再生に働く生理活性物質や遺伝子を注射する方法で、アンジェスMG社のHGF遺伝子による血管新生治療がこれに該当する。最近は遺伝子治療の手法が取り入れられ再生治療と遺伝子治療がオーバーラップしている。

②細胞培養により組織再生を図るもの。患者に再生した組織を自家移植する方法で、前述の培養皮膚移植はこれに当たる。

③体性幹細胞により組織・器官の再生を行う。細胞・組織から幹細胞(未分化細胞)を分離・採集し活用する。白血病の治療に必要な骨髄移植に用いられる骨髄幹細胞が代表的な例である。体性幹細胞は骨髄、血液、目の角膜・網膜、肝臓、皮膚、最近では脳や心臓にも存在が確認されている。自己の体性幹細胞を使うので免疫的な拒絶反応の心配がない。

④胚性幹細胞(ES細胞)による組織再生。ES細胞は受精卵を操作して分離精製するもので、さまざまな器官や組織に成長できる潜在能力を持つ特殊な細胞を活用する。


 ところで、再生医療とは新しい言葉であるが、リハビリテーション、義肢、人工血管、骨髄移植、臓器移植なども広い意味の再生医療といえよう。現在の再生医療研究は、皮膚、骨・軟骨、脊髄・頚椎損傷、眼科疾患、歯科領域、糖尿病、脳梗塞、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病などの新治療法の開発・確立へと進んでいる。基礎・臨床医学のほかに発生生物学、分子生物学、材料工学、組織工学、遺伝子工学などの知恵を統合した研究手法がカギを握っている。


 再生医療はこれまでは運命として諦めざるを得なかった病や障害を克服する新しい方法を与えてくれようとしている。一方で、科学の力がもたらした生命の操作がどこまで認められるか?という新しい倫理問題も課されている。


 「日本再生医療学会」は01年5月に創設された若い学会である。21世紀の夢を託された新医療の確立と難病治療の切り札を創る再生医療の発展を期待したい。


神原秋男 著
『医薬経済』 2007年11月1日号

2023.07.28更新