「コレステロール」や「高脂血症」は専門用語としてよりも、むしろ日常会話で普通の言葉として使われている。生体内のひとつの成分の名称、それもカタカナ語が、老人や主婦の間で何のためらいもなく使われていることに、誰も奇怪にも不思議にも思わないが、これは誠に不可思議な現象である。しかも、コレステロールは、副腎皮質ホルモン、性ホルモンや胆汁酸を作る原料であり、生体膜の成分など人間にとって非常に重要な働きをしているにもかかわらず、あたかも厄介者かトラブルメーカーの如く診療所の片隅で語られている。07年はこのコレステロールや高脂血症に異変が起きた年である。高脂血症よさようなら、「脂質異常症」よこんにちはという新しいガイドラインが日本動脈硬化学会から発表された。
高コレステロール血症の診断基準は87年の動脈硬化学会で、総コレステロールは220/㎗超、トリグリセライドは150/㎗超、HDLコレステロールは40/㎗未満の基準値が示されたのが最初である。97年には「高脂血症診療ガイドライン」が策定され、02年「動脈硬化性疾患診療ガイドライン」に改訂、5年目の今年「動脈硬化性疾患予防ガイドライン07年版」へと改訂された。これらの改訂の背景には日本人のデータの拡充、大規模臨床試験や疫学調査による各種エビデンスの集積、LDL‐CやHDL‐Cの臨床的・予防的意義が解明されてきたことなどが主な要因である。
新規に策定された「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」ではタイトルに示されているように「予防」を重視していることと、〝高脂血症〟という病名が〝脂質異常症〟に変更され、診断基準から総コレステロールが除かれた。今回、欧米の「dyslipidemia」に合わせた「脂質異常症」という総称になった。これにより低HDL‐C血症を高脂血症という矛盾も解消された。
ガイドラインでは脂質異常症を動脈硬化性疾患の発症を予防すべき集団として捉え、他の動脈硬化性疾患危険因子(高血圧、喫煙、糖尿病、加齢など)を勘案した対応を求めている。つまり、低リスク群には生活習慣の改善(禁煙、食生活、運動、適正体重の維持など)を、高リスク群にはプラス薬物療法を考慮するという動脈硬化性疾患の予防戦略が明示された。
脂質異常症の診断基準は表の通り。脂質異常症として「高LDL・C血症」と「低HDL・C血症」、「高トリグリセライド血症」が決められ、従来の診断基準に含まれていた総コレステロール値は除かれた。特に、LDL‐Cは冠動脈疾患や脳梗塞の危険因子と断定し、その対策の重要性を強調している。さらに注目されるのは「この基準は薬物療法の開始基準を表記しているものではない。薬物療法の適応に関しては他の危険因子も勘案して決定されるべき」との明確な注記がされた点である。従来、診断基準の値が薬物治療を行う高脂血症の基準値と錯誤されたケースも見られたことへの警鐘である。
コレステロールや高脂血症という用語が広く浸透している今日、学会の新診断基準が医療はもちろん、一般社会にどのように普及するかは本項の「言葉の働き」を考える視点からも非常に興味深い。
いずれにしても、医療関係図書の書き換えは必須だろうし、医薬品関係では添付文書や宣伝資料などの「効能・効果」欄の「高脂血症」を変更するかも注目される。
神原秋男 著
『医薬経済』 2007年11月15日号