昨年の秋頃から、「混合診療」という言葉が、一般マスコミを含めて、随所に頻繁に使われてきた。
歯医者さんで入れ歯に金合金を使うと実費をいただきますが…と言われたとすると、これは保険のルールとしては混合診療を行いますがよろしいですか?と患者の了解を求めていることである。言い換えると、保険では入れ歯に金を使うことは認められていないので、その分は実費を頂きますよという意味である。
この場合は例外として認められているから良いが、一般に、保険診療と自費診療との併用は認められておらず、保険で認められていない診療を同時に行うと、保険で認められている治療分を含めて、すべてを自費診療にしなければならないのが現行の規則である。
例外として、ごく一部に認められているのが「特定療養費制度」という仕組みである。「特定療養費制度」により保険診療と自費診療の併用が認められているのは、特定の施設で行われる「高度先進医療」と「選定療養」の2つである。「選定療養」としては差額ベッド、治験に関わる診療、前歯の金合金使用、大病院への文書紹介のない初診、診療時間外の診療など13類型の診療が認められている。
すなわち、昨年暮からマスコミを含めて大論議が展開された「混合診療」とは、保険で認められている診療と保険で認められていない診療(保険外診療)を一緒に行うことを言う。保険診療と保険外診療の混合とは、言い得て妙というか、適切というか、見方を変えれば奇妙な表現である。
政府の規制改革・民間開放推進会議が唱えた「混合診療の解禁」とは保険診療と自費診療の併用を自由化して、多様化した医療ニーズに答えよと言うものである。一方、厚生労働省は治療の有効性・安全性を確保するには一定のルールを設定する必要があり、皆保険制度においては平等・公平・安心を確保することが重要と混合診療の解禁に反対した。
両者は数次の大臣折衝を経て「患者ニーズへの的確・迅速な対応」と「医療技術の有効性・安全性の確保」という2つの考え方の接点で合意された。現在、合意内容に基づいた各種制度改革と具体化の方策についての検討会が作られ、審議が行われている。
保険診療、保険外診療、特定療養費制度、選定療養などは市民にはわかりにくい仕組みであり、用語である。この議論を簡潔化し混乱を少なくするために「混合診療の解禁」という単純な言葉を用いて、保険制度の改革に切り込んだ改革会議の戦術効果は大いにあったと思う。仮に、改革会議が「特定療養費制度を廃止して全面適用せよ」とか、「選定療養を拡大してすべてを認めよ」と主張していたとしたら、果たして今回のように議論が沸騰し、国民的関心を集めて、適切な(と思う)結論が導き出されたであろうか。
混合診療の解禁という、これまたわかりにくい言葉ではあるが、かえって国民に保険診療制度の一端の理解を深め関心を高めた。言葉とは、まことに奇怪な働きを持つものである。
ちなみに、わかりにくい用語である選定療養は「患者選択同意医療」に、高度先進医療は「保険導入検討医療」という表現に変えられて新制度は発足する。特定療養費制度や選定療養という用語は保険制度側からつけた名称で患者にはわかりにくい。新名称は保険診療を受ける国民にもわかりやすい用語であり、まさに民間開放にふさわしい患者の立場を弁えた名称と思う。言葉の重みを教えられる「混合診療論争」であった。
神原秋男 著
『医薬経済』 2005年9月15日号