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医療ADR

2023/09/08 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 63

 ADRとはAlternative Dispute Resolutionの略で、「裁判外紛争解決手続き」と訳され、裁判によらない紛争解決の方法を広く指している略語。一般に、弁護士による仲裁、調停、斡旋の手続きや裁判所における民事調停や家事調停もADRに含まれる。ADRは裁判と違い、法的な争点のみに重点をおくのではなく、個々の実状に合わせた柔軟な対応が可能となるうえ、紛争解決を両者が納得できる形で迅速に解決できるという長所を持っている。このADRの活用を促すため、昨年4月「裁判紛争解決手続きの使用の促進に関する法律」(ADR法)が施行された。


 一定の医療事故や過誤を起こした場合、医療機関は警察など関係機関への届出義務を負っているが、実際には事故・過誤と認めない医師や事故隠しをする医療機関も少なくないとされている。


 一方、事故に遭遇した患者の側からみると、

*突然の事故の真相を知りたい

*医療側の誠実な対応を求めたい

*同様な事故の再発を防ぎたい

 などの思いに駆られるが、それを適える方法が見当たらない。


 主治医や病院側と話しても、埒が明かないのみでなく、むしろ不信と疑問は募るというケースが多い。そこで考えられるのが医療裁判だ。裁判は時間も金もかかるうえに不慣れなことであり、結局は泣き寝入りせざるを得ないのが、大半の医療事故の実状である。


 医療訴訟が、他の一般的な裁判と違い困難な理由として、㈰医療の過失を証明するには医学知識や医療現場についての知識が必須であるが患者は素人である。㈪診療に関する客観的資料や情報が医師・医療機関に独占されていて、患者側にはほとんどない。㈫患者の立場になり協力してもらえる医師の確保が難しい、などが挙げられる。こうした「専門性、密室性、封建制」に包囲されている医療訴訟の3つの壁は、例えば自動車事故訴訟とはまったく異質だ。残念ながら普通の医療消費者には医療裁判は手の届かないところにある。


 一方、医療側にとっても言い分はある。「医療の不確実性は、人間の生命の複雑性と有限性および各個人の多様性に由来するものであり、低減させることはできても、消滅させることはできない」「医療には限界がある。100%の安全を求めると、手術という、身体への大きい侵襲を伴う治療手段はなくなる」「医療は常に発展途上の不完全技術であり、不確実足らざるを得ない」(小松「医療崩壊」より)というように医療の限界についても認識しなければならない。


 さらに、最近は民事事件から刑事事件へと変化しつつある。医療事故と訴訟への恐怖が、産婦人科医、救急医、外科医などの不足を招いているとする指摘もある。


 このような環境変化のなか、各地に医療ADRを普及する動きが出てきた。東京都内の3弁護士会(東京、第1東京、第2東京)は裁判ではなく話し合いで医療紛争を解決する「医療ADR(裁判外紛争処理機関)」をつくった。医療訴訟の経験豊富な弁護士が、患者と医療機関の双方の言い分を聞きながら、円満な解決をめざす仲裁機関の役割を担う。


 医療事故に対する患者の願いは「再発を防ぎたい、過誤を認めさせたい、医師の罪を隠蔽したくない、自分の経験を医療の改善に反映したい、納得ができる説明が欲しい」という純粋なものである。


 医療側・患者側の双方が理解・納得することを狙いとした医療ADRの普及を期待したい。

[註‥ここでいうADRとは、薬物有害反応(ADR)とはまったく関係ない]


神原秋男 著
『医薬経済』 2008年4月1日号

2023.08.09更新