医薬経済(6月1日号)の記事では、『米中に置き去りにされる「自称創薬国」日本』が読者の関心を集めた。『医薬品産業ビジョン2021』で厚労省は、医薬品産業政策を通じて目指す目標のひとつとして、「世界有数の創薬先進国として、革新的創薬により我が国の健康寿命の延伸に寄与するとともに、医学研究や産業技術力の向上を通じ、産業・経済の発展に寄与すること」を掲げた。その前段として「医薬品産業は知識・技術集約型産業」であり、「イノベーションの激しい潮流は世界に有機的な広がりを見せており、一度流れに乗り遅れてしまうとキャッチアップは困難」とも述べている。
■創薬できる「限られた国」ではあるが
もはや「自称創薬国」なのかとがっかりしている向きには、多少救いになる報告もある。製薬協の医薬産業政策研究所(政策研)が、「日本の創薬力が、日本に住む国民に還元され、新薬へのアクセスに貢献できているか」を検討するための基礎として、国内で販売されている医薬品の創出企業国籍を調査したものだ。〈記事末のリンク参照〉
この調査では、IQVIA社のデータを用い、2020年の「日本市場における医薬品売上高の上位70品目」および「世界の医薬品売上高の上位100品目」について「創出起源国」を決定しカウントした。創出起源国は、基本特許(物質特許や用途特許等、各品目の鍵となっている特許)に記載されている出願人/譲渡人の企業の国籍(多国籍企業の場合は親会社の国籍)である。主な結果を以下に示す。
【日本市場における日本起源の医薬品:米国に次ぐ2位】売上高上位70品目中、日本起源は16品目(24%)で、米国の29品目(43%)に次ぐ2位。16品目のうち、米国食品医薬品局(FDA)または欧州医薬品庁(EMA)の少なくとも一方から承認を得て上市されている「グローバル品」は9品目で、うち4品目は2020年の世界売上高上位100品目にランクインしていた。
他の7品目は「非グローバル品」だった。主に日本市場で使われている品目の領域は、「関節リウマチ(RA)」「RA、変形性関節症や腰痛症等の痛みに対する鎮痛・消炎」「骨粗鬆症」だった。
【世界市場における日本起源の医薬品:3位】売上高上位100品目中、日本起源は9品目(9%)で、米国49品目、スイス10品目に次ぎ、イギリス9品目と同数の3位だった。こちらの9品目のうち4品目は国内市場の「グローバル品」と共通だが、他の5品目中3品目は「世界に比べ日本で患者数が少ない疾患の治療薬」だった。
【薬効分類別の分析:腫瘍・免疫領域での乖離】日本市場の売上高上位68品目※の起源国を薬効分類別に見ると、「抗悪性腫瘍剤及び免疫調節剤」26品目(38%)が最多にもかかわらず、日本起源はわずか3品目だった。 ※70品目のうち一物二名商品を1品とカウントし、後発医薬品を除いたため。
【技術分類別の分析:いまだ化学合成品が主流】日本市場の売上高上位68品目では、化学合成品が43品目(63%)に対し、バイオ医薬品は25品目(37%)。世界の売上高上位100品目の同比率55:45に比べ、化学合成品の割合が高かった。また、日本起源の16品目に限ると13品目対3品目(同比率81:19)と、化学合成品が8割超を占めた。
以上より、同報告は「疾患領域と技術分類について日本のプレゼンスを十分発揮できていない」「強みである化学合成技術を拡大しつつ、未充足な領域、分野への強化を行い創薬力の維持・強化を継続していく必要がある」と総括した。
■アカデミア・ベンチャーとの協業が課題
ここ数年、創薬の分野で目につくのが「モダリティ」という言葉。『医薬品産業ビジョン2021』では「従来の医薬品概念に留まらない治療手段」と説明。海外では、米国化学会(ACS)が、“new drug modalities”に関する論文を広く募集し、自ら出版する専門誌のうち医薬品化学・薬理学・橋渡し研究分野の3誌合同特集を2022年につくるという。ACSは“new drug modalities”について、「生物学的な知識の劇的な増大や古典的なアプローチの限界」を背景に、近年重要性が高まってきた「創薬化学における新規の戦略および新しいタイプの医薬品や化合物骨格タイプ」としている。具体例は「ナノボディや(修飾)抗体」「オリゴ/ポリペプチド」「オリゴ/ポリヌクレオチド(siRNA、mRNA、アプタマー、遺伝子治療など)」「ポリグリコシド」「大環状分子」「抗体-薬物複合体」「標的タンパク質分解誘導剤」「細胞治療」などである。
政策研も新規モダリティのトレンドや開発状況をたびたび調査している。ACSとは括りが異なるが、2018年の調査で、抗体医薬品に次いで取り組む企業の割合が高かったものは、内資企業では中分子医薬品や核酸医薬品、外資企業(日本国内開発品)では次世代抗体や遺伝子治療などだった。
各モダリティの研究開発を開始した主な要因は、内資・外資とも「既存の創薬技術(主に低分子創薬)の限界」が多かった。内資では次いで「専門的知識・技術を有するアカデミア・ベンチャーの存在」が目立った。コロナ禍におけるmRNAワクチンの実用化は、「アカデミアやベンチャーのシーズを導入し、同業他社を含めた他業種連携で創薬」した好例。逆に、オプジーボをめぐる争いは苦い経験といえる。方向性に異論はないが、日本でこれまで以上に円滑に行う環境の整備が今後の鍵になる。
■mRNA創薬が実を結ぶ日まで
創薬関連の国内セミナーも、「モダリティ」流行りである。特に、mRNA創薬は人気のテーマで、2021年11月にモデルナ・ジャパン株式会社の代表取締役社長に就任した鈴木蘭美氏のほか、米国モデルナ社の専門家の登壇やメディア・ブリーフィングが続いている。
「次世代モダリティを用いた革新的医薬品の研究・開発促進」を掲げるNPO法人情報計算化学生物学会・CBI研究機構下の次世代モダリティ研究所は、関西医薬品協会およびLINK-J(一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン)との共催で「次世代モダリティセミナー」をシリーズ開催している。mRNA創薬をテーマとした5月のセミナーで、講演者のひとりである位髙啓史氏(東京医科歯科大学 生体材料研究所 生体材料機能医学分野教授)は、mRNAの特徴を4つ挙げた。
◎mRNAそのものは「情報伝達分子」→情報を投与してクスリ(タンパク質)を体内で産生させる。
◎mRNAからのタンパク質翻訳はあらゆる細胞に共通の仕組み→どのような細胞でも標的にできる。
◎4種の核酸の配列は自在に設計できる→どのようなタンパク質(ワクチン、治療薬)でも産生可能。
◎mRNAはタンパク質に翻訳された後、一定時間(通常数時間~数日)で分解され、ゲノムへの挿入リスクがない。
そこで、mRNA創薬では❶mRNA分子、❷DDS、❸mRNAによって投与する「情報」、という3つの要素技術が等しく重要となる。具体例を挙げると、❶は「効率のよい合成」や「免疫原性の制御(修飾核酸の利用など)」、❷は「mRNAの安定な保持と標的への送達」や「mRNAを細胞質内で効率よく放出する機能」、❸は「何を投与して何を治すか」や、そのための「病態の理解、診断技術」などだ。
また、天然型と大きな違いがないmRNAそのもので物質特許(基本特許)は取得し難いという点が、従来薬とは異なる。現在のワクチンの場合は、修飾核酸やDDSに用いる脂質ナノ粒子(LNP)の組み合わせで知財を守る方向にあるが、❸をどう特許化していくかが今後の課題だという。
コロナ禍では、図らずもmRNAを用いた治療薬よりワクチンが先に実用化されたが、それは決して「にわかにできた」ものではない。各モダリティの研究者、実用化しようとする企業のいずれも、その技術を突き詰めるだけでなく、他領域の進歩をも俯瞰して取捨選択する視点を求められる時代になりそうだ。
【本文中略号】
ACS: American Chemical Society(米国化学会)→1876年設立、世界最大の科学系学術団体(非営利)で、140ヵ国151,000人超の会員を擁する
【リンク】いずれも2022年6月16日アクセス
◎日本製薬工業協会 医薬産業政策研究所. “政策研ニュース.”
→No.65「日本市場における医薬品売上高上位品目の創出企業国籍」(2022年3月)、No.64「新薬における創薬モダリティのトレンド」(2021年11月)
https://www.jpma.or.jp/opir/news/index.html
◎厚生労働省. “医薬品産業ビジョン2021資料編.”
→p.9「医療用医薬品世界売上上位100品目の国別起源比較(2019年)」、p.16「新規モダリティ世界医薬品売上高推移」
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000831974.pdf
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。