医薬基盤研究所と国立健康・栄養研究所が2015年に統合されて誕生した「国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所」。2022年度から7ヵ年の第2期中長期計画がスタートしたが、その事業や成果は広く知られているとは言い難い。こうした現状の認知度を逆手に取り、「NIBIOHNって何だ?」と題した報道関係者向け勉強会が7月末に開催された。副題は「個別化医療の先駆者 中村祐輔新理事長語る」。中村氏の登場で関心をひきつつ、医薬基盤研究所長の近藤裕郷氏、国立健康・栄養研究所長の津金昌一郎氏、戦略企画部長の佐々木正大氏が、高く外部評価された主な実績と今後の戦略を紹介する内容だった。ちなみに、どう読むのかと首を傾げた略称は「ニビオン」のようだ。


■競合優位性のある基盤技術


 北大阪の “彩都”に拠点を構える医薬基盤研究所は、8つのセンターから成る〈図〉。近藤氏は、創薬デザインおよびワクチン・アジュバント研究センターに焦点を絞って最新のトピックスを紹介した。


(1)創薬デザイン研究センター

 近藤氏によれば、「革新的な医薬品をつくる上で、世界の製薬企業や研究機関と競うことができる基盤技術を常につくりあげていくことがとても大事」。以下はそのポテンシャルを秘めた技術であり、国際特許期間を十分に活かす必要がある。


【核酸医薬開発の基盤技術】同センターは、改変ポリメラーゼを用いて架橋型人工核酸(LNA)を含む人工核酸アプタマーを創出、さらに大規模な人工核酸アプタマーのライブラリーを整備している。

 LNAは標的RNAへの結合性を高めつつ、生体内で分解されにくいよう核酸の糖部に人工的な架橋構造を加えた核酸誘導体。大学と共同開発した改変ポリメラーゼは、このLNAを高精度かつ迅速に転写・逆転写可能な合成酵素だ(特許出願人:大阪大学、NIBIOHN、群馬大学、2035年まで独占)。

 核酸アプタマーはタンパク質や低分子化合物、細胞、ウイルスなどの標的分子に特異的に結合する1 本鎖のDNA やRNA であり、抗体に続くバイオ医薬品として期待されている。化学合成によって大量に作製でき、室温で長時間安定だが、核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)で容易に分解されることがネックだった。その点、LNAを含む人工核酸アプタマーはヌクレアーゼで分解されにくく、治療薬の開発や核酸工学分野への活用が期待されている。



■日本発抗体医薬への取り組み


【抗体医薬開発の基盤技術】創薬デザイン研究センターは、日本独自の効率的抗体作製法として、エピトープ均質化抗体パネル(ENAP、イーナップ)法を協和キリンと共同開発した(特許出願人:NIBIOHN、2045年まで独占)。わが国の抗体医薬開発・生産の遅れは、欧米依存と莫大な輸入超過の原因になっており、日本独自の基盤技術によって、国内で抗体生産体制を確立することが急務だからだ。

 ENAPは標的上のすべての機能エピトープ領域を網羅した最小個数の抗体群であり、抗体機能を最小限の抗体数で探索し同定することが可能となる。従来法は、親和性が高い抗体を中心に探索するが、高親和性抗体が必ずしも薬理効果を持つ機能抗体ではなく取りこぼしがあった。その点、ENAPは、低親和性から高親和性まで、抗体医薬候補となる機能抗体の網羅的な作製が可能で、取りこぼしは極めて少ない。


【創薬シーズ枯渇問題の改善】ENAPを用いたGPCR抗体の作製に挑戦中である。

 既存医薬品の標的は半分が受容体であり、特にGタンパク共役型受容体(GPCR)が多い。人体には1,000種類以上のGPCRがあるとされるが、医薬品に用いられているのはごく一部。したがって、疾患発症に関与している新たなGPCRを発見できれば、創薬シーズの枯渇という問題が改善される。

 臨床検体からのGPCR同定と抗体医薬候補の作製事例として、大腸がん患者から約5,000検体を集め、同センター内のプロテオミクスチームと連携・解析を行い、大腸がん特異的なマーカー51候補をリストアップ。さらに受容体に対応するマーカー(膜の標的分子)に絞り込んだ5つのうち、ひとつがGPCRだった。そこで、抗体チームが、このGPCRに対する機能抗体を作り上げ、特許出願準備中だという。


(2)ワクチン・アジュバント研究センター

 ワクチン開発にクリティカルなのは、防御抗原、アジュバント、デリバリーだ。同センターは、この3要件を満たすしっかりした抗原デザインに基づいたワクチン開発プラットフォームの確立を目指す。


【広域型抗ウイルス抗体医薬開発】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のウイルス粒子ではなく、感染後の細胞表面に出現するウイルス抗原を認識し、宿主の免疫反応〔抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性〕をサポートして感染細胞を破壊する新規抗ウイルス抗体の同定に成功(塩野義製薬との共同研究)。

 この標的部位は変異が少なく、多くの類縁コロナウイルス(SARS-CoV、MERSなど)に共通の構造を有するため、SARS-CoV-2の未知の変異株だけでなく類縁コロナウイルスへの効果が期待できる。また、ウイルス感染細胞のみに働くという利点もある。今後起こるかもしれない類縁コロナウイルスによるパンデミック発生時に緊急対応できる広域型抗ウイルス抗体医薬の開発を目指して研究を進めるという。


【ワクチン用キャリア・アジュバント開発】2022年3月、日本医療研究開発機構(AMED)内に設置された先進的研究開発戦略センター(SCARDA)は、感染症有事に国策としてのワクチン開発を迅速に推進し、有事の発生前後を通じたマネジメントと全体調整を行う。NIBIOHNは、SCARDAの「より優れたワクチンの速やかな実用化に資する支援ユニット」の事業課題として採択された、「革新的アジュバント・ワクチンキャリアの開発と技術支援ならびにデータベースの構築」により、有事への備えに貢献する。


■社会への還元と発信を念頭に

 

 勉強会の最後に、厚生労働省から出向している戦略企画部の佐々木氏は、NIBIOHNが国立であることの意味(役割)を4つに整理し、具体例を挙げた。また、情報を受け取る対象に合った提供のしかたを極めて発信していくとの決意を述べた。


1.(長期的な視野に立った)国家の危機への備え…次のパンデミックに備えたワクチン開発、創薬に必須となる生物資源の最後の砦、経済安全保障法の指定法人としての役割など

2.民間企業がとれないリスクへの対応…難病データベースの運営、オーファン・ドラッグ助成金など

3.客観的なエビデンスの収集(とりわけ運動やエネルギー消費について)…健康長寿のためのエビデンス集積、食事摂取基準の見直しなど

4.世界への貢献(世界の健康・栄養の改善に向けて)…「栄養と身体活動に関するWHO協力センター」としての貢献、災害食の開発など


 生物資源については中村理事長も、❶SARS-CoV-2分離・増殖用細胞株の提供、❷霊長類医科学研究センター、❸薬用植物資源研究センターなど、NIBIOによるバンク活動の重要性に言及した。


 ❶は、これまでの細胞バンクのノウハウを活かして2020年2月に提供を開始。22年3月末までに、国内199本、国外116本を分譲し、全世界の研究支援に役立った。

 ❷については、2,000頭のカニクイザル(SPFサル)を屋内飼育し、年間200~300頭を研究に提供。世界的にも貴重な霊長類感染実験施設となっている。感染症のように免疫応答をみる試験が必要な場合は、ヒトに近い実験動物が必要だが、生まれてから実験に使えるようになるまでには5~10年かかる。日本はかつて年間約6,000頭のサルを輸入していたが、コロナ禍で入ってこなくなったことを考えると、こうした形で準備しておくことは非常に重要だ。

 ❸は、名寄市、つくば市、種子島と気候帯が異なる3拠点で、4,000系統以上の薬用植物等を維持・保存し、研究資源を提供している。薬用植物は、漢方薬等の医薬品原料、健康食品等の機能性素材原料として欠かせないが、原料生薬の自給率は約10%で、8割がた中国に依存している。生物多様性条約や国際情勢などの関わりもあり、外国からの種苗調達はほぼ不可能である現状を考えると、薬用植物資源の維持は経済安全保障上の最重要課題といえる。


 また、本稿では主にNIBIOを取り上げたが、NIHNは1920(大正9)年に内務省の栄養研究所として発足して以来、基礎的・疫学的研究の継続的な推進によって、栄養・食生活や身体活動に関するエビデンスを集積。健康的な食事と身体活動に関する指針の策定・改定や政策提言によって、国民の健康に寄与してきた。第2期中長期計画では、AI栄養、災害栄養、腸内細菌叢といった近年になって取り組みを開始した領域もさらに深めながら、新たな柱となる研究を展開していく、と津金氏は語る。NIHNは今年の秋以降、新宿から大阪の“健都”に移転予定であり、NIBIOとの連携にも注目したい。

 

 中村理事長が外科医として大学病院に勤務していた若き日、がんで亡くなった担当患者の日記を遺族がくれた。中村氏の前では「悲しい」「苦しい」「怖い」などはほとんど口に出さなかったが、1年分の内容を読んで、改めて希望のない日々を生きる辛さを学んだ。この経験を胸に刻んでこれまでも研究を続けてきており、患者に希望を提供しゴールを持って過ごしてもらうこと、最終的には本物の笑顔を取り戻すことを願って、この役職を引き受けたという。そのために、NIBIOHNには、社会への還元を目指して研究を続けてほしいと強調した。


 国立研究開発法人は、「研究開発に係る業務を主要な業務として、中長期的(5~7年)な目標・計画に基づき行うことにより、我が国の科学技術の水準の向上を通じた国民経済の発展その他の公益に資するため研究開発の最大限の成果を確保することを目的とする(独立行政)法人」だ。端的には「研究開発に係る事務・事業を主要業務とし、研究開発成果の最大化を目的とする法人」ともされる。


 厚生労働省の所管する同法人は7つで、毎年7月末~8月初めに実績評価が検討される。最新の2021年度業務実績評価書(案)で、NIBIOHNの評定は2015~20年度のB(標準)から、他の6センター(国立がん、国立循環器病、国立精神・神経医療、国立国際医療、国立成育医療、国立長寿医療の各研究センター)と並ぶAとなった。今後、さらにステップアップするか、活動や成果が見えやすい形で発信されるか、注目していきたい。

 

【本文中略語】

NIBIOHN: National Institutes of Biomedical Innovation, Health and Nutrition(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所)

LNA:locked nucleic acid(架橋型人工核酸)

ENAP:epitope-normalized antigen panel(エピトープ均質化抗体パネル)

GPCR:G protein-coupled receptor(Gタンパク共役型受容体)

ADCC:antibody dependent cellular cytotoxicity(抗体依存性細胞傷害)

SPF:specific-pathogen free(特定病原体非保有)


【リンク】いずれも2022年8月8日アクセス

◎国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所.

“架橋型人工核酸を転写・逆転写可能な合成酵素(改変ポリメラーゼ)の開発に成功~生体内で安定な人工核酸アプタマーを創出するための要素技術~(2021年1月15日).”

https://www.nibiohn.go.jp/information/nibio/2021/01/006841.html

“特許取得のお知らせ 「安定性の高い人工核酸アプタマーを作製可能な、新たな合成酵素『改変ポリメラーゼ』の開発」(2021年2月22日).”

https://www.nibiohn.go.jp/information/nibio/2021/02/006906.html

“協和キリン株式会社との共同研究において、がん治療のための新規抗体の創出に成功-独自の高機能抗体デザイン技術「エピトープ均質化抗体パネル」の実用化に向けて始動(2020年10月6日).”

https://www.nibiohn.go.jp/information/nibio/2020/10/006584.html

“新規抗ウイルス抗体の創出に成功 ―変異型を含む広域コロナ属ウイルスの治療薬として期待―(2022年2月9日).”

https://www.nibiohn.go.jp/information/nibio/2022/02/007800.html

 

[2022年8月8日現在の情報に基づき作成]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。