去る24年6月19~21日に、東京・有明にて第28回日本がん分子標的治療学会が開催された(会長:がん研究会がん化学療法センター 藤田直也氏)。ここでは、最終日に行われた産学連携のユニークな試みを紹介するとともに、がん分子標的治療の選択肢を俯瞰したい。


 ■研究者のシーズ発表に16人の“プロ”がコメント

 今回注目したのは『アカデミアシーズの橋渡し』と題したシンポジウム。公募で選ばれた発表者は、予め決められた10の項目に従ってスライドを作成しプレゼンする。その内容に対し、16人の評価者が容赦なくコメントするという企画だ〈図〉


 モデレーターは、自社で創薬シーズと医療・開発ニーズをつなぐプラットフォーマーを目指す秋永士朗氏(NANO MRA株式会社)と、がん研究に携わる川田学氏(微化研 第1生物活性研究部)。スライドテンプレートについて説明した芹生卓氏は、京都府立医科大学を卒業し、医学博士号取得後、内科医として勤務(総合内科、血液、消化器病専門医)。さらにドイツの2大学で働き、ハイデルベルク大学では白血病臨床研究のプロジェクトリーダーを務めた。その後、シェーリングAG、ブリストル マイヤーズ スクイブ、大塚製薬を経て、19年に非営利一般社団法人 医薬品開発能力促進機構(DDCP)を立ち上げた。日本の製薬業界では、臨床経験を持つ医師を社内の医薬品開発のプロジェクトリーダー等としてフルタイムで採用・活用する例は欧米に比べて少ない。そこで、DDCPは「医薬品開発にもっと医師の視点を」を合言葉に、医薬品開発やその適正使用推進、安全対策等の分野で、グローバルに活躍する医師を育てていきたい、としている。


 芹生氏は昨年の同学会で行われた産学連携シンポジウムの基調講演『アカデミア創薬-出口戦略とその展望』で(米国の)ベンチャーキャピタリストがアセットについて注意深く見るポイントを、競馬に例えて解説。❶Horse(=テクノロジー、化合物)については「(標準治療が変わってしまうほどの)革新性」「(臨床的に意味のある)差別化の度合い」「保有する知財の強さ」を、❷Jocky(=チーム)に関しては「メンバーの有する高い専門性」「健全な組織文化とマネジメント」、❸Audience(=市場規模・市場機会)では「市場規模の大きさ」「その中で提供し得る価値」を挙げた。今回の10項目は、これらの考え方を反映させたものといえる。


 評価者(コメンテーター)の所属は、製薬企業5社(9名)、バイオベンチャー3社、ベンチャーキャピタル3社。特に製薬企業の場合、各社独自の臨床開発関連組織や、社内ではよく知られていても普段の仕事ぶりを見る機会のないエキスパートの視点や考え方、5社中4社では部門のトップに女性がいることなどが分かり、興味深かった。「その課題に対して今回プレゼンした解決策が最適なのか」「臨床腫瘍にも通用する知見なのか」「ヒト検体でのデータがもっとある方がよい」「熟達した技術が必要だとしたら普及が難しいのではないか」など、発表者ならドキドキしそうな質問や指摘が続いた。


 研究者にとってシーズはわが子と同じで、思い入れが強いぶん客観的な視点が持てない場面があるかもしれない。「こんなに良いシーズなのだから聞く人に通じるはず」という“雑駁な”プレゼンでは資金も獲得できない。順位を競うピッチイベントがさまざまな分野で行われるようになったが、学会のオープンなセッションで揉まれる機会を提供することには意義があると思われた。





がん分子標的治療薬はいまや100剤超

 以下に、国内で使用可能な、がん分子標的治療薬102剤の概要をまとめる〈図〉


【承認数の推移】各年別の承認数は、増加傾向にあり、21年の12剤が最多だった。

【ドラッグ・ラグの傾向】日米で承認された薬剤について承認年を調べたところ、米国で先に承認を受けたものが多く、その差は一貫して概ね5年以内だった。

【がん分子標的治療薬の内訳】大分類ごとに見ると、低分子薬が64剤(62.7%)と6割超を占めた。免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は8剤(7.8%)、その他の抗体医薬が30剤(29.4%)だった。

【主な開発企業】中外、ファイザー、ノバルティスがトップ3で、中外は抗体医薬、ノバルティスは低分子薬での強みがうかがわれた。





■新興の中国企業も日本市場に参入

 23年度に承認を受けた、がん領域の新有効成分含有医薬品(NME: New Molecular Entity)は既報で紹介した。その後、24年6月24日に2剤のがん分子標的治療薬が新たに承認されている。


ジャイパーカ Jaypirca、ピルトブルチニブ、日本イーライリリー、低分子薬】効能・効果は「他のBTK阻害剤に抵抗性又は不耐容の再発又は難治性のマントル細胞リンパ腫(MCL)」。

 MCLは、主としてリンパ節濾胞のマントル層を起源とする異常なB細胞の増殖によって発症する希少な血液がん。国内の悪性リンパ腫診断数は約37,000例(19年)だが、MCLの発症頻度はその3%程度とされる。発症年齢中央値は60歳代半ばで男性に多い。進行すると、骨髄、脾臓、肝臓、消化管に浸潤する可能性がある。標準治療は確立していないが、放射線治療や、分子標的治療薬と細胞傷害性抗がん薬の併用が行われる。

 BTK(ブルトン型チロシンキナーゼ)は、免疫細胞(B細胞、マクロファージ、マスト細胞など)に存在しB細胞の分化や活性化を制御するプロテインキナーゼ(B細胞受容体の下流シグナル伝達分子)で、多くのB細胞系のリンパ腫や白血病に認められる分子標的。同剤は、BTKに可逆的に非共有結合し、キナーゼ活性を阻害することでB細胞性腫瘍の増殖を阻害すると考えられている。錠50mgと錠100mgがあり、成人にピルトブルチニブとして200mgを1日1回経口投与(適宜増減)。米国では23年1月、欧州では同年10月に承認されている。


ハイイータン HAIYITAN、グマロンチニブ水和物、海和製薬、低分子薬】効能・効果は「MET遺伝子エクソン14スキッピング変異陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌(NSCLC)」。海和(ハイヘ)製薬は、主として抗がん薬開発に注力するHaihe Biopharma(本社:上海)の子会社(21年設立)。同スキッピング変異検出のための体外診断用医薬品は、一部変更承認申請を行い審査中だ。

 MET遺伝子は受容体型チロシンキナーゼをコードしている。間葉上皮転換因子(MET)はリガンドである肝細胞増殖因子(HGF)と結合し、MET分子中にさまざまなシグナル伝達分子との結合部位を形成させ、腫瘍細胞の増殖・遊走・浸潤・血管形成を促進する。エクソン14領域の欠失があるとMET活性が増幅し、がん化につながるとされる〔内藤ら 肺癌, 2021.〕。

 国内の肺がん患者数は12万人/年以上(19年)、死亡数7万人/年以上(20年)。国内の肺がん患者におけるNSCLCの割合は88%で、そのうちMET遺伝子エクソン14スキッピング変異陽性の発現頻度は3%程度とされており、同剤の治療対象となり得る患者数は1,200名/年程度と推定される。

 同剤は、METのリン酸化を阻害することで下流のシグナル伝達を阻害し、腫瘍増殖抑制作用を示すと考えられる。剤形は錠50mgで、成人にはグマロンチニブとして1回300mgを1日1回空腹時に経口投与(適宜増減)。中国では23年3月に同じ効能・効果で製造販売承認を取得。欧米では未承認。

 

 日本がん分子標的治療学会は、がん分子標的治療研究会を前身として2008年に創設。6代目理事長の吉田稔氏(理化学研究所環境資源科学研究センター/東京大学大学院農学生命科学研究科)によると、「当時はまだ夢物語と思われていた分子標的治療も今や広く展開される時代へと変化した」。「治療薬を医療の現場に届けるためには、新たな分子標的の発見だけでなく、それを特異的に阻害する方法論や医薬品として開発する戦略を含め、多くの研究者のチームワークが必要」として、研究者の異分野連携、企業連携を含め「連携と多様性」が重要と謳っている。欧米に加え中国の企業も国内市場に参入する昨今、うかうかしていられない。まさにそうした広範な連携によって具体的な成果が生まれることを期待したい。

 

2024年7月10日時点の情報に基づき作成

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。