長期収載品への選定療養の仕組み導入」まであと2ヵ月あまり。7月に入り、厚労省の関連サイトには、診療報酬請求書等の記載要領等の一部改正、費用の計算方法、疑義解釈資料などの情報が追加された。医療現場を中心に、実務的な細部に目が向きがちな時期ではあるが、医療政策キーパーソンの講演内容と関連情報から、❶「公的医療保険の給付範囲適正化」の論理と方向性および❷今後医薬品産業に影響を与える可能性がある政策提案についてまとめた。


「OTC類似薬」も俎上に


 去る7月18日、医療経済研究機構(IHEP、アイヘップ)は『長期収載品の選定療養議論から見る医薬品産業の今後』をテーマとする特別セミナーを開催した。演者の印南一路副所長は、2001年から今年3月まで慶應義塾大学総合政策学部の教授を務める傍ら、厚労省では中央社会保険医療協議会(中医協)のほか、レセプトデータや健康・医療・介護情報の利活用、無過失医療補償制度、高齢者医薬品適正使用、政策評価等の会議体に委員として参加。内閣府では経済財政諮問会議一体改革推進委員会(社会保障WG)や規制改革推進会議(医療介護WG)のメンバーとして、医療政策に関わってきた。


 同氏いわく、自分は「公共政策分野でいうリバタリアン」。父権主義的な考え方も理解できなくはないが、個人の選択と権利を最も重視する。とはいえ、市場原理主義者でもない。「医療分野は専門性が高く、かつ命が関わる領域であるため、市場原理はうまく機能しない」からだ〔病院. 2022; 81(7):555.〕。


【研究の背景】IHEPは2019年に『公的医療保険の給付範囲等の見直しに関する研究会報告書』をまとめた。国民皆保険は日本が世界に誇る制度だが、人口減少・少子高齢化、現役世代の負担増加、超高額医療の相次ぐ保険導入等による医療費の増加により、維持が危ぶまれている。給付と負担の見直しにあたり、多岐にわたる政策の中から国民の納得を得やすい「公的医療保険の給付範囲の見直し」に着手すべきと考えた。


【2つの視点で見直し】報告書では以下2つの視点からの見直しを提案している。

❶給付の基本原則に依拠しつつ医療の現状に照らす:わが国では、国民皆保険達成に先立つ1958年に新医療費体系が導入されて以来、「必要にして適切な医療を現物給付」する「給付の哲学」が公的医療保険の基本原則とされてきた。とはいえ、医療技術は常に進歩しており、 “必要にして適切な医療”も変化する。医学的・科学的エビデンスに基づく医療の必要度と、制度内の矛盾解消・公平性確保の観点から見直す必要がある。

❷選定療養を活用し患者の選択肢を拡大:現在の保険外併用療養制度(混合診療の原則禁止の例外)のうち選定療養は、エビデンスが不十分ながら患者が希望する医療サービスを若干の自己負担で受けられる仕組みであり、この制度を拡大して患者の選択肢を拡大することが可能である。

【新選定療養(仮称)の中身】報告書では2019年時点の選定療養の対象を3つの類型に分類〈上図i~iii〉。さらに、新選定療養(仮称)として4類型を提案した〈下図v~viii〉

「(保険)医療の必要性が低いもの」の具体例が「OTC類似薬」と「疾病の治療に必要不可欠でないもの」だ。「OTC類似薬」については、湿布、ビタミン剤、うがい薬、水虫治療薬、疣とり薬、整腸剤、便秘薬、花粉症薬、消化性潰瘍治療薬、総合感冒薬等が実例として示され、「成分ベースではなく、効能、用法・用量ベースで検討する」としている。




■「政策提案型ロビイング」を反映


【医療政策への影響】先述の報告書を作成したメンバーは、研究時の肩書は異なっているものの11名中8名が「見る人が見ればわかる」元医系技官や元中医協委員だが、「利害関係のないグループによる、理論的な建て付けをしっかりした政策提案」だと印南氏は胸を張る。この報告書をもとに、厚労省、財務省、日本医師会、族議員、財政(再建)系議員等に対して「政策提案型ロビイング」を行った結果、財務省の財政制度等審議会(財政審)の資料および経済財政諮問会議の『経済・財政一体改革工程表2023』、内閣府の『経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太方針)2023』に提案が反映された。さらには令和6年度診療報酬改定「医薬品産業構造の転換も見据えたイノベーションの適切な評価や医薬品の安定供給の確保等」の一環として「長期収載品の保険給付の在り方の見直し」が盛り込まれた。


【長期収載品の選定療養化、4つの政策的意義】特別セミナーで印南氏は、長期収載品の選定療養化について「実はかなり驚かれていた方が多いのではないかと想像している」と語った。というのも、❶医薬品における選定療養として最初の試みだからだ〈図〉

 後発医薬品(GE)については2000年頃から業界育成も含めて政策的な後押しをして置換率80%超が見えたあたりで、一部企業の品質問題から供給不安に陥った。こうした時期に意外と思われるかもしれないが、患者からの上乗せ部分徴収は長期収載品とGEの最高価格の差に基づいて計算しており、今回の政策は❷後発医薬品(GE)使用促進政策の一環という側面がある。

 創薬イノベーションをめぐる議論を経て、23年末頃には「創薬イノベーションに財源をつぎ込むのであれば、薬剤費の中から回してくるべき」という方向が定まった。その手段の一つが、長期収載品の選定療化だった。これを同氏は❸創薬イノベーション促進との引き換えと位置付ける。ただし、厚労省が示した長期収載品でも医療上の必要性がある場合は選定療養の対象にならないので、具体的にどのくらい財政効果があるかの計算は結構難しいという。

さらに、もう少し広い目で見ると、❹医療政策上の要請に対して選定医療が一種の政策技術として使われたという側面もある。


【保険外併用療養費制度の特長と課題】同氏によれば、選定療養を含む保険外併用療養費制度は「混合診療の原則禁止」(保険診療と保険外診療の併用を認めず、併用すると基礎部分から完全自費診療になること)とセットにして論じる必要がある。

 厚労省は、いわゆる混合診療の無制限導入について、2つのリスクを掲げている。一つは、本来は保険診療により一定の自己負担額において必要な医療が提供されるにもかかわらず、患者に対して保険外の負担を求めることが一般化し「患者の負担が不当に拡大するおそれ」。もう一つは、安全性・有効性等が確認されていない医療が保険診療と併せて実施されることで「科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれ」である。

 とはいえ「混合診療の原則禁止」を貫くと、先端的な医療の成果を国民に速やかに届けられない。アメニティや審美的なものなど患者の選択を尊重すべき医療もある。そこで、1984年の健康保険法改正時に特定療養費制度が導入され、2006年に保険外併用療養費制度として再編された。過去に「混合診療原則解禁」について2回ほど大きな議論があったが、保険外併用の選択肢がある現在、原則解禁を訴える論者はほとんどいないという。なお、併用可能な内容は一つ一つ議論して加えていくホワイトリスト方式だ。

 同制度は非常によくできているものの、❶評価療養で“塩漬け”になった医療技術の受け皿がない、❷評価療養(による保険導入)には時間がかかる、❸産業政策的視点が十分でない等の課題がある。


 


■ 〝国民皆保険バケツ〟の膨張を見直す


【徐々に膨らんできた保険給付】印南氏によれば「日本は新しい医療技術の保険導入に極めて寛大」。さまざまな議論はあるものの、高額薬剤が “高額”を理由に導入が見送られたことはない。再生医療も積極的に導入している。重粒子線や陽子線治療施設も国内に数多くあり、世界でも数少ない中で大きな割合を占めている。これらを公的医療保険内で賄わなければならないので、「新しい医療技術はどんどん入れ、(給付範囲の)見直しはせず、自己負担も減らす」といった状況はそもそも成り立たない。


 日本の医療費は、主に財務省、厚労省、族議員、与党、政府間での複雑な交渉過程を経て診療報酬改定の大枠が決まるという点で、いわばゆるい予算統制(調整)が行われているが、医療費はそれを上回って伸び続けている。強制的に徴収する保険料と一般税を投入している国民健康保険には、自ずと制約が内在し、野放しにすることが福祉の充実にはつながらない。公的医療保険の給付範囲(“国民皆保険バケツ”)は、実は固定しておらず、少しずつ膨らんできた。無限に膨張させるわけにはいかず、見直しが必要になる。目的は縮小ではなく「給付範囲の適正化」だ。“見直し”と言うと、4~5年前までは必ず「給付範囲の縮小につながる」との反対意見が聞かれたが、徐々に理解が進んできている。


【今後の見直し】安全性・有効性があると認められた医療技術・薬剤・医療機器・材料等は保険給付対象となる。保険財政を重視する立場からすると、本来なら数年に一度、給付範囲全体を見直して、有効性が怪しいものを除外するべきだ。ところが、いったん保険収載されると既得権益となるため、実際に行われていないし、検討会をつくることも難しい。


 今後、保険外併用療養費制度(特に選定療養)を拡充するとしたら、方向性は2つある〈図〉

(1)給付範囲の適正化+患者の選択肢の維持:❶保険医療の必要性が低いが患者選択肢の維持を許容すべきものや、❷エビデンスが十分でないが患者選択肢の維持を許容すべきものを選定療養に移行する。

 ❶について、医薬品関連では 「バイオシミラーのあるバイオ医薬品」「OTC類似薬」「ポリファーマシー対策医薬品(脂質異常症治療薬、抗凝固薬等)」が挙げられる。❷の例は「120日以上の入院(現在は180日以上が選定療養)」「一部の遺伝子パネル検査」「救急車による帰宅(入院に至らず外来診療で帰宅する場合等)」などである。


(2)患者の選択肢の拡大+産業振興(企業選択)+危険自由診療の規制:さらに踏み込んで患者の選択肢を拡大するとともに、産業振興や危険な医療に歯止めをかける手段とする方向性もある。

 具体的には、❸SaMD、❹「費用対効果評価で評価の低いもの」あるいは「明らかに採算割れのもの」、❺「疾病治療により失われた機能・審美性の補完(例:頭部冷却装置を用いた、がん治療による脱毛の抑制)」「薬機法上承認されているが医療保険の給付対象外となっているもの(血糖自己測定器、植込み型除細動器、持続陽圧呼吸用治療装置、自家皮膚培養など)」などである。変革スピードが速い❸は、従来の保険給付の哲学や社会保険の理屈を貫いていくと、実質的に“SaMDラグ”が拡大する可能性があり、柔軟な対応が必要かもしれない。


 また、❻の例で、直近ではエクソソームを謳った薬事未承認の製品・調製物の投与がクリニックなどで行われている現状が問題になっている。本来は治験や評価療養に回すべきものであるが、選定療養の対象とすることで行政側が、ある程度規制をかけられるという考え方もある。


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 内閣府の『経済・財政一体改革工程表』は、政策の大きな括り(アンブレラ)の設定による改革項目の体系化と、取組の進捗・成果を定量的に把握できる重要業績評価指標(Key Performance Indicator: KPI)の設定により、目指す成果への道筋を示す「ロジックモデル」を採用。長期収載品の選定療養化は、『経済・財政一体改革工程表2023』の「社会保障5.給付と負担の見直し」に掲げられた「薬剤自己負担の引き上げについて幅広い観点から関係審議会において検討し、その結果に基づき必要な措置を講ずる」という工程の一要素だ。実施の成果を測定する「アウトカム指標」や、経済・財政・国民生活の質を軸とする「セミマクロ指標」は未設定だが、“やりっぱなし”は許されない。


 わが国の国民皆保険制度が大きなマシーンで、無限に燃料を投じられない状況だとしたら、少しでも節約して動かし続ける方法を探らなければならない。選定療養の活用は、そのための操作パネルの一つといえるかもしれない。



 2024年7月30日時点の情報に基づき作成

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。