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兵頭——ロボットといいますと日本人はすぐ、外見がヒトそっくりの、2本足で歩行する「メイド・ロボット」のようなものを想像するでしょう。その硬直した発想が、逆に日本のロボット産業の無限拡大を行き詰まらせてしまわないか、心配です。ロボットの可能性は、むしろ「人体とは似ても似つかぬサイズや形態を利用できる」ところにあると思います。
筆者——たしかに米国人は、SF先進国である割には、ほとんど「ヒューマノイド」(ヒト型ロボット)など相手にしていないように見えます。文化的な想像力がかかわってきますね。
兵頭——一例ですが、糖尿病患者の皮下に埋め込んでおきさえすれば、15分おきにセンサーが血中酸素とグルコースの値を計測して、それを無線で病院や患者の携帯電話に教えてくれる、というマイクロ・マシンが、米国で完成寸前の段階にあります。これと、インスリンを自動注入する装置が組み合わさったら、どうですか? それは立派なロボット装置ですよね。こういうものが完成すれば、患者の解放感はいうまでもないし、どれほど、国家・社会の医療関連負担が軽減されることでしょう。
筆者——まさに「人工膵臓」ですね。アンテナも電池も、完全内蔵式ですか?
兵頭——そのようです。1年たったら、病院でまた交換手術してもらう必要があるんだそうですが……。FDA認可までに3年以上はかかるようです。
筆者——なるほど。米国では軍事目的にロボット技術を研究できるとのことですが、軍用医療の最近の貢献といえるものは何でしょうか?
兵頭——なんといっても救急止血でしょう。筑波山の蝦蟇の油の薬が、まんざら夢じゃなくなってるんですよ。つまり、プラスチックの圧迫と、血液凝固剤の作用で、胴体からの大出血でも発で止めてしまうような止血帯が、米国の最近の救急車には常備されています。もともと、野戦治療キットとして開発されたものでしたが、その優れた機能が知れ渡り、民間に普及しました。朝鮮戦争の頃は、負傷した米兵の25%が死亡していましたけれども、今では10%ですからね。
筆者——人工合成血液はどうでしょう?
兵頭——今年、米国でついに完成したらしいです。数年もすると、まず兵隊や核災害時の用途限定で、使用が解禁されそうですよ。いまのところ、450ミリリッターあたり1000ドルにもなってしまうそうで、血液バンクの本物の血液より3倍高価ですが、まちがいなく、将来の輸血液は人造化の方向に向かうでしょうね。
筆者——量産で安くなるからですか?
兵頭——それも予想できます。けれども、その前に、「せっかく人々から献血された血液を無駄にしてしまう」という罪の意識から、関係者が解放される。倫理的な選好が後押しすると思います。なにしろ戦場での手当用の血液は、需要の突然のピークを見越して、十分量を準備しておかなくてはならないのです。アフガニスタンは遠隔地ですから、その最前線の急場に間に合うよう、近くに分散してストックしておく必要もある。ところが、人の血というものは、瓶詰めされたあと、4週間ぐらいしか生きられないんだそうですね。だから期限が過ぎたら、余った献血は、廃棄されてしまうことになるそうです。これは倫理的なジレンマですよ。もちろん兵隊たちは、平時からせっせと献血はしてるんですけどね。
筆者——米軍の研究機関は、血液細胞の人工骨髄環境での培養にもとりくんでいるそうですね。
兵頭——2008年から本腰を入れていて、あと5年で培養血液を実用化すると言っていますね。しかも、誰に輸血しても血液型マッチの問題がない「ゼロ・ネガティヴ」の血液だといいます。FDAから承認を得るための人体実験は2013年から始めるそうですが、ペンタゴンは、戦時非常特例として、軍隊や核攻撃があったときのような場合に関してのみはこの使用を認めさせようとするかもしれません。
筆者——先日取材したロボット展示会で聞いた話ですが、最近の日本におけるロボット研究のトレンドは「部品、ソフト、デバイスの規格化」だそうです。
兵頭——歩道上を移動する「シニア・カー」に規格が必要なのは当然でしょうね。あの「マッス」で時速20km/h以上出されたら、他の歩行者にとり危険でしょうからね。ところで今、電動自転車の性能がものすごく進歩しています。この調子でいくと、「シニア・カーの機能もカバーする、前2輪+後ろ1輪の電動自転車」が、登場するかもしれません。それがシニア・カーとして舗道を通行する場合には、今までとは別な道交法の規制が加えられる必要がありましょうね。なにしろ、本来、自転車とは車道を走らねばならぬもので、その最高速度のリミットも、車道の法定制限速度と一致しているでしょう。でもその高性能な自転車が歩道上で時速20km/h以上も出されちゃ困るわけです。これはどうしたらいいのか。商品の面倒な規格を無理に考えるよりも、道交法で「自走介助装置」とかの新カテゴリーを創った方が早いでしょうね。
筆者——モノの規格化以上に、法制面での整備が重要ということですね。実際、法整備の話は、やりたいと思ってもすぐに実現しないのが常ですからね。
兵頭——わたしは長野の出身でして、子供のとき、耕耘機とリアカーとを連結した「小特」に乗って、田舎道を田圃まで往復したような想い出があります。これが馬車だったらどうなるか。「軽車両」ですよね。それで車道をごくゆっくりと走ることも許されているんですよ。現行法でもね。で、日本社会も、これから高齢者がどんどん増えるのですから、この「小型特殊自動車」や「軽車両」の運行をもっと優遇するような道路交通行政を考えるべきです。今の道路はトラックや3ナンバー車の天下でしょ。それじゃいけない。普通の道路で超低速の、キャビン付きの「小特」が優遇されるようになれば、前述の「自走介助装置」だって、狭くて凸凹な歩道ではなくて、車道を、安全・快適に走れるわけですよ。それにルーフを付ければ全天候ヴィークル。昔の田舎の、荷車馬車がそうだったようにね。健康的な日本社会の未来図でしょう。老人が、田舎であれ都会であれ、自力で気軽にいつでも病院まで往復できることになるわけです。
筆者——最後におたずねします。日本のロボット開発・利用を巡る現状や、高齢社会や医療への応用という点で、最も大切な施策はどのようなものとお考えですか?
兵頭——日本社会のロボット利用にとっての最大の障壁は、「電波行政の立ち遅れ」になるでしょう。多くの日本人が気付いていないことですが、「準天頂衛星」を3機以上打ち上げて、ロボット通信用のブロードバンド無線回線を十二分に確保しないことには、都市部や山間部で、ロボットをシームレスにリモコンしたり、遠隔監理することはできないんですよ。無線インターネットが移動中でもつながる環境と、ユビキタスにロボットを遠隔モニターできる条件とは、イコールなのです。逆に、準天頂衛星の通信サービスが量的に充実しさえすれば、たとえば日本国内のあらゆる乗用車・トラックが衛星から現在位置と速度を確認されることとなり、結果として、なんぴとも速度違反や進入禁止違反や駐禁違反やひき逃げを隠すことはできなくなります。これで、さきほどお話しした「小特」なども、しっかりと保護されることになる。在宅医療の大前提も、やはり通信インフラでしょうね。
筆者——本日はお忙しいなか、インタビューに応じていただきありがとうございました。
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「ロボットは世界と医療を変える可能性がある」
「日本もロボット開発を通して世界をリードできるチャンスがある」
——ここまでは、ロボット研究者やベンチャー企業の経営者なども言っていることだ。しかし、こうした夢を実現するためには、ただ闇雲に技術開発を進めればいいわけではない。
「目に見えにくい技術やアイディアの可視化」
「小手先ではない大胆な法整備」
「地上回線によらないドラステッィクな電波行政の推進」
こうした諸施策の実現こそが、ロボットを医療と社会に応用するために一番必要なことであり、その具体的な解決策まで提示する兵頭氏の指摘には、文字通り蒙を啓かされた。この軍学者の大胆な提案が、どこまで現実のものとなるのか? ロボット開発の行方とともに注目されるところだ。(有)