シリーズ『くすりになったコーヒー』


  人はなぜ老いるのか? この問いに科学の答はまだありません。これだっ!と思われた「テロメア説」も、「寿命とは関係ない健康マーカー」との結論だそうです。ゲノムの端っこについている「テロメア」は、細胞分裂の度に少しずつ消えてしまいます。つまり高齢者のテロメアは短くなって、病気になりやすいというのです(詳しくは → こちら)。


 代わって登場したのが「エピゲノム説」。「子の運命は親からもらった遺伝子コードに書かれているが、生活環境がコードを書き変えることがある」と言うのです。NHKの番組がまだ記憶に残っています(ふたごの不思議に学べ!NHK総合:2009年 2月11日19:30)。生活環境とは、「食べもの」のことです。子供の頃は見分けがつかない一卵性双生児でも、そのうち他人のようになることがあります(実物を見たい人は → こちら)。


 遺伝子といえども化学物質ですから、場合によっては化学反応を起こします。親から貰ったゲノムの何処かに「癌にはならない」と書かれていても、食べたものの影響で消えてしまうことがあるのです。エピゲノムとは「文字が消えて読めなくなった遺書」みたいなもので、親心は伝わりません。


 食べもの次第でコードが消えるのですが、消すための道具は色々で、化学用語を使わせて頂くと、酸化、アセチル化、メチル化・・・と言った具合。このうち「メチル化」の影響が一番大きいことがわかってきました。


☆☆☆「ゲノムのメチル化を抑えれば、エイジングは止められる」。新たな仮説が生まれました。


「癌にはならない」というゲノムのコードが消えてしまうと、後に残ったエピゲノムは役に立たず、癌のリスクが高まります。一卵性の双子でも一人だけが癌になる例はたくさんあります。運命が食べたもので決まるなどということが、実は運命の分かれ道になっていたのです。


☆☆☆ コーヒーにはメチル化を抑えるパワーがある


 驚くべき論文が出てきたものです。一体このパワーは、コーヒーの何処にあるというのでしょうか? その答えは、前回第21話に紹介した「カフェ酸」にあります。カフェ酸を真似て作った新薬「コムタン」が、パーキンソン病治療薬の効き目を強める・・・ということは、実は「コムタンのメチル化」を抑えるからだったのです。これと同じ効果が「遺伝子のメチル化」でも起こるということに、ノバルティスファーマ社は気づいていたでしょうか?


 同社はコーヒーのカフェ酸を利用して新薬コムタンを世に出しました。コムタンはメチル化を抑える薬です。身体のなかにはメチル化を起こす酵素と基質の組み合わせが100種類以上も知られています。レボドパも遺伝子も、そのたった1つに過ぎません。


 体内でメチル化が起こる100以上の場所で、カフェ酸やコムタンが効くとしたら、どんなことが起こるでしょうか? コーヒーが実に多くの病気を予防するという疫学調査の結果を説明できるようになるかも知れません。コーヒーのカフェ酸とノバルティスファーマ社のコムタンは、想像を超える可能性を秘めているのです。


 さて残念ながら、メチル化を抑えれば長寿になることの確実な証明はまだありません。それでも元気で長生きする薬「ピンピンコロリ薬」に少しは近づいたかも知れないのです。


☆☆☆新格言 『げに敬うべきは食べものなり!』


(第23話 完)

栄養成分研究家 岡希太郎による
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