シリーズ『くすりになったコーヒー』

 第8話「手当と治療」で、イエスが施した不思議な「手当」は副交感神経の刺激だろうと書きました。この考えに確かな証拠はありませんでしたが、昨秋のサイエンス誌に兆しが見えてきました(Science 322:606-7, 2008)。


 イエスの時代より古いエジプトのピラミッドにも科学のメスが入っています。不思議なことに発掘が進むとその魅力は益々つのってきます。予期せぬ発見が新たな不思議を生むからでしょうか?「手当の不思議」もそれと似ています。


 サイエンス誌の論文は次のようなものでした。


☆☆☆ホットコーヒーを手にして面談すると、相手が優しく温厚な人に思えてくる。アイスコーヒーでは逆になる。


 一体全体これはどうしたことでしょうか?


●実験の内容:Aさんは精神科の実験研究で、初対面の人と面会することになった。実験の日、病院の玄関に係の人が迎えてくれた。彼女は小脇に教科書2冊、片手にホットコーヒーカップ、もう片方にはクリップボードを持っていた。エレベーターに乗ると、彼女はAさんに「これを持っていて下さい」と言ってホットコーヒーカップをAさんに渡すと、Aさんの氏名などをボードに記録しはじめた。結局Aさんはエレベーターを降りるまで熱いカップを持っていた。会場につくと面会相手の人と予め指示されていた挨拶を交わすなどして面会は無事終了した。Aさんはアンケート用紙の「相手の印象」という欄に、「温かそうで信頼できる人」を選んで○をつけた。最後に「実験参加のお礼の品」を選ぶように言われ、友達へのギフトを選んで帰ってきた。種を明かせば、すべてが仕組まれていたのである。実験参加者は41人、ホットコーヒーカップの代わりにアイスコーヒーカップを持たされた人もいたし、謝礼の品にはギフト用の他に自分用も置いてあった。


●実験の結果:


1.ホットコーヒーカップを持たされた人は、面談相手に良い印象を抱き、謝礼としてはギフトを選ぶ傾向が強かった。


2.アイスコーヒーカップを持たされた人は、面談相手に冷たく信頼できない人との印象を抱き、自分用に謝礼の品を選ぶ傾向が強かった。


●実験の結論:手を温めると他人に良い印象を抱いて対人関係を意識するようになるが、逆に手を冷やすと自己中心型になる傾向が認められた。


 この論文に対する日本からの反響は少ないのですが、海外には色々な意見があります。主なものを拾ってみましょう。


Q1 極地の人に比べて赤道近くに住んでいる人は優しくて思いやりがあるのか?


Q2 南フランスの人はケベック州の人より信頼できるというのか?


 似たような疑問は他にもありますが、決してそんなことは起こりません。


Q3 「手が冷たい人の心は温かい」という言い伝えは間違っているのか?


Q4 私の友人には手の冷たい人が多いが、みんな優しい人ばかりなのに・・・?


Q5 友達とアイスペプシを飲んだら仲が悪くなるというのですか?


 これらに答えるのは難しいと思いますが、さらに次のような専門家の指摘もありました。


●手の温かさが問題なのではなく、温かさの変化が大切です。温まれば血液の流れがよくなって気持ちが楽になるはずです。次の機会には血液の流れについても研究して下さい。


●赤ちゃんは母親の温もりを感じて感情を育てます。介護する人とされる人のコミュニケーションに温かい飲み物は大切です。


 身体のどこかの温度が変わると、その変化を感じとるのは脳のインスラという部分です。インスラは“温まる”という変化に対して“気分が和らぐ”というように反応するのだそうです。今日紹介したサイエンス誌の論文でもその点が強調されていました。別の論文では、“触れる”ということについても研究されています。


 ところで、血流の改善を指摘した専門家の意見では、普段から手が冷たい人はほんのちょっと温まるだけで脳のインスラに大きな変化が起こるのではないか?ということです。そこで今日の結論は、


☆☆☆身体の冷えた部分(冷え)を温めたり、手で触れることが「手当の秘訣」と思われる。温めるとか触れるということと自律神経との関係をもっと深く極める必要がある。


“Cold hands warm heart(冷たい手の人の心は温かい)”という格言は、本人を慰めるためではなく、環境の変化と人の心の関係を見事に観察しかつ応用した伝承の医学だったのです。イエスもそのことを知っていたのだと思われます。


 さてと、ホットコーヒー飲んで、足湯にでもつかりますか!


(第12話 完)


栄養成分研究家 岡希太郎による
『コーヒーを科学するシリーズ』を購入される方は下部のバナーからどうぞ