シリーズ『くすりになったコーヒー』


 前回、新型コロナウイルスの感染予防に「苦味と亜鉛」が有用と書きました。それぞれの根拠となる論文を挙げて解説したので、「簡単な方法があるなら試してみよう」と、その気になるのではないでしょうか。今回は、コーヒーの最もコーヒーらしい「苦味」を深堀してみます。


●コーヒーの苦味は色々。



 カフェインは浅煎りにも深煎りにも入っていますが、苦味の程度は強くありません。カフェイン以外の苦味成分に、クロロゲン酸ラクトンとフェニルインダンがあります。どちらも焙煎中にクロロゲン酸からできる苦味です。もう1つ、ジケトピペラジンはアミノ酸が2つ向き合ってくっついた構造で、苦味はさらに強くなります。深煎りほど苦味が強いのは、フェニルインダンやジケトピペラジンが多いからです。


 ここで大事なことは、苦味受容体TAS2Rsには、少なく見ても20種類あることです。そして、それらが存在する身体の部位(臓器の細胞)が異なっていることです。ですから、苦味物質の方も複数あれば、「どれかとどれかの組合せの数」が増えて、苦味物質の影響が身体の何処かで発現する確率が高まるという訳です。詳しいことは不明ですが、創薬の立場からも大いに注目されるはずです。


 実例を病原菌(ウイルスではない)の肺感染で見てみると(図2)、シュードモナス菌が産生する苦味物質を、線毛細胞の苦味受容体が感知するメカニズムが解っています。すると線毛細胞の中で一酸化窒素NOができて、その殺菌効果でシュードモナス菌が死ぬと同時に、線毛運動が活発化して、死んだ菌を外へ排除するという仕組みです。一方、ウイルスは苦味物質を作らないので、替わりに苦味物質を吸入することによって線毛運動を活発にすれば、気道に侵入したウイルスを排除できる可能性があるのです。



 では、苦味物質を飲んだときにも同じメカニズムが働くでしょうか?残念ながら気道の苦味受容体の位置が問題で、つまり気道組織の内側に受容体が存在するとは考えにくいのです。


●苦味の薬理実験を見てみるとほとんどが吸入で、苦味を飲む実験は見当たらない。


 ということは、どうやら気道を広げたり線毛運動を活性化するには、苦味を吸入するしかないようです。最近になって、カフェインを吸入薬としてラットに投与する実験が報告されました。それによると、飲んだときよりも吸入したときの方が、大脳側坐核のドパミン分泌が盛んになるとのことです(詳しくは → こちら )。


●カフェインを簡単に吸入する道具がある(詳しくは → こちら )。


 JT関連会社からカフェインを吸入する器具が売られています。筆者は知らなかったのですが、今回色々調べているうちに偶然見つかりました。当然のことながら、この商品の販売目的は新型コロナウイルスとは無関係です。商品化の目的はカフェインの「覚醒作用」と思われますが、気道の拡張にとっても有用かも知れないので、筆者にとって気になる存在というわけです。


 商品の名前は「ストン」(図3)。その名の由来は知りませんが、新感覚のリラックスデバイスだそうです(詳しくは → こちら )。カフェインを吸入しても電子煙草のニコチンほど強い習慣性はなさそうですが、毒性について公開されている情報はほとんどありません。



 さて、カフェインはわざわざ吸入しないでも、知らないうちに吸い込んでいることがあります。


●焙煎工場の空気中にはカフェインが漂っている。


『コーヒー生豆をほぼ200℃という高温の窯で焼き、数十分ごとに煙を吹き出しながら大きな金網にぶちまける。そして水をかけて冷やす。焙煎中も冷却中も、吹き出す煙の中にカフェインの蒸気が混ざっている。焙煎師はその蒸気を呼吸しながら1秒を争って豆を仕上げる。一釜焼きあがるごとに肺の中はカフェインの蒸気に満たされる。それがどれ程の苦味受容体を刺激するのか、調べた論文はない』。


 論文は無くても想像は容易です。ラットに吸わせた時と同じように側坐核が刺激されれば、やる気が起こり、焙煎に快感を感じ、満足感や達成感が生まれる・・・つまり大脳の報酬中枢が満たされるという感情の変化が起こるはず。もし苦味受容体からL型カルシウムチャンネルに作用が及べば、気管支(気道)の拡張が起こって、呼吸が楽になり、異物が排泄されるでしょう(第407話を参照)。そうなれば新型コロナウイルスの感染予防につながる可能性が生じます。


●苦味物質が揮発性ならば吸引は比較的楽にできる。


 しかし、揮発する苦味物質はほとんどありません。問題は揮発しない苦味物質をどう扱うかです。製薬会社には、粉末(医薬品の原末には苦味物質が多い)を超微粒子に成形して吸入薬にする技術があります。喘息に使うステロイド吸入薬や、インフルエンザ用の抗ウイルス薬イナビルはその実例です。どちらも強い苦味物質で、ステロイドの場合は弱いながらも気道拡張作用を示します。つい最近、苦味物質の吸入薬が喘息に効くとの論文が発表されたので、これを機に苦味吸入薬の開発が進めば、中には新型コロナウイルス感染の予防薬ができるかも知れません。実際に、今回のCOVID-19患者の治療でも、吸入ステロイドのオルベスコ(帝人ファーマ)が臨床試験中とのことです。


 では最後に、苦味物質を食べたときの身体の反応について考えます。


●揮発しない苦味物質を飲んだり食べたりして免疫力を高められるか?


「苦い食べ物は?」と聞かれてもゴーヤくらいしか思いつきません。苦い飲み物なら、コーヒーと緑茶があります。この2つは最も人気のある世界の飲み物で、コーヒーは図1の苦味物質を含み(緑茶のカテキンも苦味)、食後の満腹時に飲めば気持ちが落ち着きます。その根拠となる薬理学は、苦味が胃壁細胞の苦味受容体を刺激して、胃酸を分泌し、消化酵素の働きを助け、胃の内容物が速やかに腸へ移動して、スッキリ感が得られるということです。


●日本で昔から使われている代表的な伝統薬は苦味健胃薬である。


 センブリ、ゲンノショウコ、オオバクなど、苦味健胃薬の原料は苦いものが中心です。それよりもっと苦いのは、漢方薬の黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)。添付文書に書いてある効能は、出血、不眠症、神経症、胃炎、二日酔、血の道症、めまい、動悸、更年期障害、湿疹、皮膚炎、皮膚のかゆみ、口内炎と実に多様です。そのなかで湿疹、皮膚炎などは免疫系との係わりを示唆していると思われます。


 ところで筆者は、黄連解毒湯の化学成分のうち、苦味を呈する苦味物質の働きが、苦味受容体の多臓器分布と関係していると考えました。味覚の受容体のうち、特に苦味受容体は、舌以外の全身の臓器・組織に広く分布しているのです(図4を参照)。



●黄連解毒湯の薬理作用が多様なわけは、苦味受容体が多臓器に広く分布しているから(筆者の仮説)。


 図4のように、「体のあちこちにある苦味受容体には、その細胞の役割に応じた働きがある」ということです。第407話で紹介した、気道の苦味受容体の役割が「気道を広げること」というようなことです。苦味が免疫系にも働くとの論文も出ています(詳しくは → こちら )。


 これまでに分かっている全身の苦味受容体とその役割は表1の通りです。



 人類が初めて出会った新型コロナウイルスに対抗する自然免疫の観点から、筆者が特に注目するのは4番で、苦味を食べることによって免疫系を直接制御できる可能性が示唆されています。食べた苦味は効率よく血中に入るので、リンパ球にも作用するはずです。より詳しいことは今後の研究次第ですが、新型コロナウイルスに抵抗力をつけて、自然免疫力を高める簡単な方法として、「苦味を食べる」という思いもしなかった薬食同源があり得るのです。


●今宵はゴーヤチャンプルを食べて、コーヒーを飲もう!


(第409話 完)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

空前の珈琲ブームの火付け役『珈琲一杯の薬理学』

最新作はマンガ! 『珈琲一杯の元気』

コーヒーってすばらしい!

 購入は下記画像をクリック! 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・