コーヒー豆は煎れば煎るほど苦くなります。苦味成分が出来てくるからです。化学構造式が明らかな苦味成分は図1のようなもので、ドリップ式で淹れれば、カフェインの他に、焙煎中にクロロゲン酸から出来る苦味成分が抽出されます。コーヒー最強の苦味はジテルペン誘導体のモザンビオシドで、ロブスタ豆よりアラビカ豆に多く含まれているそうですが、焙煎中に分解して減ってしまうので、実際に苦味を感じることはありません(詳しくは → こちら )。

 以上の情報を図1にまとめました。カフェインは、その結晶を舐めると苦みを感じますが、コーヒー1杯100mLに100㎎が溶けていても、その濃度は1000倍希釈に相当して、ヒトの舌で苦味を感じるギリギリの濃度です。ですから実際に苦味を感じる苦味物質はクロロゲン酸由来のクロロゲン酸ラクトンとフェニルインダンと言うことになります。



 クロロゲン酸ラクトンとフェニルインダンを比べると、フェニルインダンの苦味の方が強いのですが、飲めないほどではないようです。ところが、深く煎ったコーヒー豆には、他にも苦味物質が入っています。主なものはコーヒー色の成分で、メラノイジンと総称される混合物です。その中に苦い、渋い、辛い、不味い・・・といったような複雑な味を感じる化合物があるのですが、化学構造との対応は不明です。

 このように、まだよく解らない成分もありますが、ごく普通のドリップコーヒーに入っているクロロゲン酸由来の苦味成分そのものは、筆者にとって「飲みたくないほど苦い」ものではありません。皆さんも、もし興味があるなら、簡単な実験で確かめることができますよ。


●クロロゲン酸の結晶を試験管に入れてガスバーナーで加熱する。


【実験】試薬として購入したクロロゲン酸の結晶100㎎を試験管に入れて、その試験管をガスバーナーの火で加熱する。結晶が融けたら火を消して、内容物を少しだけスパーテル(金属製の耳かき)に取り、冷めたら舐めてみる。再度加熱して、味見を繰り返す。次第に苦みが増すが、吐き出したくなるような嫌な苦味ではない。内容物が黒くなったら終了です。



 この実験で、まず結晶が融け始めると苦みが出始めます。その苦味はクロロゲン酸ラクトンの苦味です。更に熱をかけると茶色を帯びて、フェニルインダンの苦味に変わってきます。実験に成功するコツは、色の変化が解るようにゆっくり加熱することです。

 さて苦味成分は、深煎りコーヒーの味の決め手と考えられてきましたが、今年になってUCC上島珈琲研究所から、ちょっと驚く論文が出てきました。


●弱い苦味のコーヒー抽出液にニコチン酸(またはニコチン酸アミド)を加えると、強い苦味になる(詳しくは → こちら )。


 ニコチン酸自身は苦くないのですが、苦い味の水溶液にニコチン酸を加えると、苦味が強まるというのです。論文は英文で、実験データを正確に説明していますが、一般の人にも理解できる日本語の解説が、同社ホームページに載っています(詳しくは →  こちら )。

UCCの論文を読んで、コーヒーの苦味に対する筆者の考えは次のように変わりました。


●コーヒー深く煎っていると、急に苦味が強くなるのは、苦味成分が増えることに加えて、ニコチン酸が増えることが関与している(図3の赤色を参照)。



 昔から、深煎コーヒーにミルクや砂糖を入れて飲む習慣がありました。しかし今では生活習慣病を予防するため「砂糖やミルクの使用を控えるべき」と言う意見が主流です。しかし、苦味が苦手な人は、ちょっと苦いコーヒーを飲んだだけで気分が悪くなるので、専門家が「コーヒーは健康に良い」といくら言っても、気分良く飲むことは出来ません。

 ニコチン酸(ナイアシンともいう)はコーヒーに入っている唯一のビタミンで、しかもその量は他の食品では賄えない多さです。ですから深煎コーヒーを飲むことは、ニコチン酸補給にとって、掛け替えのない生活習慣と言えるのです。ニコチン酸が、特に高齢者にとっては、非常に大切な栄養素であることは、確立された科学なのです(詳しくは第431話を参照 )。

 筆者はそういうニコチン酸を含む苦いコーヒーを、飲み易いコーヒーにするために、超浅煎り豆(図3の青色を参照)とブレンドして「希太郎ブレンド」を作りました。超浅煎を選んだ理由は「クロロゲン酸が苦味を消す」からです。勿論、ポリフェノールとしてのクロロゲン酸の効き目にも注目しています。


●以前から目薬の研究で、クロロゲン酸が苦味を消すことが解っていた(詳しくは →  こちら )。

 だからと言って、生豆をそのまま飲んでも美味しくありません。そこでクロロゲン酸が分解し始める直前まで焙煎すれば、それがクロロゲン酸を最も多く含む焙煎豆ということになります。図3で言えば、第1ハゼ音が聞こえたら焙煎を止めればよいのです。筆者はこれを超浅煎り豆と呼んでいます。そして、この超浅煎り豆に含まれる大量のクロロゲン酸が、深煎豆とブレンドしたときに、その苦味を消してくれるということなのです。


●ニコチン酸が強める苦味をクロロゲン酸が消してくれる(詳しくは → こちら )。

 これは「希太郎ブレンドは、ニコチン酸を多く含んでいても苦くない」ことの科学的根拠です。いわば分子メカニズムというわけです。この関係を図4に描いてみました。


●「希太郎ブレンド」の焙煎度と苦味の関係は以下1~3の通りである。



1.深煎豆はニコチン酸を多く含み、苦味成分の苦味を強めて超苦い(図4の右)。

2.超浅煎豆は生豆と同程度の大量のクロロゲン酸を含んでいて苦くない(図4の左)。

3.超浅煎豆のクロロゲン酸モル濃度は、深煎豆のニコチン酸モル濃度の10倍を超えるので、ブレンド比1:1であれば苦味はほぼ完全に消えてしまう。

 そこで「希太郎ブレンド」に香味の多様性を期待して、「6:4」とか「4:6」を用意しました。筆者自身は、苦味の程度に影響するクロロゲン酸とニコチン酸の差を感じながら、「希太郎ブレンド」で毎朝の体調を自己診断しています。

(第439話 完)