ニコチン酸を含むコーヒーを毎日飲んでいる人は2型糖尿病になりにくい。これはコーヒーと健康の疫学研究で確立された事実です。実はニコチン酸が脂質代謝を改善することはもっと早くに分かっていました。ですからコーヒーが糖尿病を予防するメカニズムは「脂質代謝の改善」だと考えられたのです。その後ニコチン酸受容体が発見されて、脂質代謝の改善は、ニコチン酸のビタミン作用(NADの作用)とは全く別のメカニズム(受容体作用)であることが解ったのです。



●ニコチン酸はビタミン作用と受容体作用の両方で脂質代謝を改善する(図1)。

 これはもっと後になって分かったことです。以前から分かっていたことは、食べたニコチン酸は体内でNADになって、生きるために必要なエネルギーを作ります。この仕事とは別に、NADは不活性型のSIRT1に分解されて活性型に変わります。するとこのSIRT1が脂質代謝を改善するのです(図1)。SIRT1が長寿タンパク質と呼ばれるわけは、脂質代謝が健康に保たれていれば心臓病死のリスクが減ることに基いています。


●NADブースターには4つある(詳しくは → 第459話)。

 最も大切なブースター(前駆体)はビタミンB3。これにはニコチン酸(NA)とニコチン酸アミド(NAM)の2つがあります。ニコチン酸に別名はナイアシンですが、NAMのサプリメントもナイアシンと呼ばれることがあるので要注意です。NAMには受容体作用がありません。そして3つめのブースターはNR、4つめはNMNとなっています。NRとNMNはそれぞれ臨床試験が進行中で、どちらもNADを増やすことで脂質代謝を改善して心血管系の病気を予防すると考えられているのです。しかし未だ確立された話ではありません。


●4つのブースターの脂質代謝改善効果を比較すると?

 過去に実施された臨床試験をまとめて再評価した論文が発表されました(詳しくは → こちら)。2つのビタミン(NAとNAM)とNRについては解析可能な原著論文がありますが、NMNについては俗に話はありますが、論文としてのデータ発表はないようです。そこで図2には、3つのブースターが血中脂質濃度に及ぼした変化をまとめて図示しました。上段左は中性脂肪トリグリセリド(TG)の変化で、NA(赤い菱形)が明らかな減少を示したのに比べて、NAMは変化なし、NRはむしろ増加傾向を示しました。



 同じく、上段右に悪玉コレステロールのLDL、下段左に総コレステロールTCの変化を示します。これら2つもTGとほぼ似た変化で、NAだけが改善傾向を示しています。そして最後に下段右は、善玉コレステロールのHDLの比較です。NAは他の脂質を減少させたのと違って、HDLを増やす方向で作用したのです。実はこの効き目はNAにだけ特別なもので、コレステロール低下薬として世界中で使われているスタチン系薬にも見られない作用なのです。しかし、恐らく企業サイトのコスト/ベネフィット重視の影響でか、NAが脂質改善薬として人々に提供する機会はなかったのです。それどころか、NAにはナイアシン・フラッシュという耐え難い副作用があるとして、遂に日本では市場から抹殺されてしまいました。


●NRとNMNは効いていないのか?

 NMNには学術誌に公開されたデータがないので保留しておきますが、ではNRは図2のメタ解析結果から「脂質代謝改善には無効」と言い切ってよいのでしょうか?上記の論文著者およびその他の関連論文の著者の中には、「NRとNMNが良い結果を出している試験もあるので・・・」と遠慮がちに書いていますが、臨床試験の結果は出揃っていないのが現状です(詳しくは → こちら)。

 そこで結論は次のようになるのです。


●現在の所、脂質代謝を改善する最も信頼できるNADブースターはニコチン酸(NA)である。

 NADブースターの脂質代謝改善が現れるメカニズムとして、ビタミン作用より受容体作用の方がずっと勝っているということになります。何故NAなのかと言えば、受容体109Aに結合するのはNAだけだからです。そこで生じる疑問の1つは、ビタミン作用と受容体作用の薬用量の違いです。その差は10倍以上あって、ビタミン作用の方がずっと少ない量で現れるはずなのです。

 しかし実際には、脂質代謝改善の目的でNAを使う場合には、ビタミン作用量(女性10㎎/日、男性15㎎/日)の10倍~100倍(100~1000㎎/日)が必要です。ですからビタミンとして飲むNAの脂質代謝改善作用はあってもほんの僅かなものなのです。

 一方、NRとNAMの臨床試験に用いられた投与量は約1g(1000㎎)/日またはそれ以上なので、NAに換算するとビタミン量を遥かに超えています。ということは、投与したNRやNAMが、図1に示すように、NADになって脂質代謝を改善する効率は非常に低いということです。

 何はともあれ、高脂血症を予防したり治療する目的でNADブースターを使うとしたら、「NAに限る」ということなのです。


(第471話 完)