たかがビタミンなのに、1ヶ月の購入費が8万円を超えるサプリメントにビックリです。日清製粉グループの「NMN」のことですが、この広告の何処を見ても、NMNとコーヒーの関係は書いてありません。しかし、どう見てもこの商品はコーヒーと市場を競合することになりそうです。


●朝日新聞の一面広告から3ヶ所を抜き取ってみました(図1~3)。


●食事の栄養素からNADができるまで

 食事に含まれているビタミンB3はNADの前駆体(最近はブースターとも呼ぶ)で、これがないとNAD不足になって、ペラグラという病気の症状が出てきます。そうなったらVB3を補充しなければ死んでしまいます。VB3には2つあって、コーヒーのニコチン酸(ナイアシンともいう)と豚肉のニコチン酸アミド(ニコチナミドともいう)が最も豊富な供給源です。もう1つは必須アミノ酸のトリプトファンですが、NADへの変換効率はビタミンの60分の1程度です。



 さて図4のようなNADの生化学は健康にとって非常に大事なのですが、複雑過ぎて一般の人にはとても理解できない内容です。ですからNMNの新聞広告に書かれることはありません。広告に書かれている内容が随分と「良いとこ取り」になっているのは他の商品と同じです。しかしちょっと気になるのはお値段との関わりで、巧みな表現の中に「長生きしたい人の心に染み入る言葉」がしっかり詰め込んであるのです。


●NMN新聞広告の不自然な点を4つ抜き取ってみました。

【その1】図1の月額8万円強の価格は、今あるビタミン剤に比べて高過ぎるのは何故?

 近年、抗がん薬を中心にして超高額医薬品が話題を呼んでいます。ノーベル賞を受賞した本庶佑博士のPD-1阻害薬の価格は1ヶ月に100万円になることがあります。この薬は、効けば確実に命が長らえるのですが、それに比べるとNMNの1ヶ月8万円でどれだけの効果があるのかは全く不明です。広告は期待感だけで書かれています。それに比べてニコチン酸は、加齢によるNADの低下を補う最も確かなビタミンです。しかもその値段は1ヶ月に数千円で足りるのです。NMN,高過ぎませんか?

【その2】図1の小さな六角形の中を見てください。このサプリには13種のビタミンが配合され、その1つはなんとVB3のナイアシンです。つまり、このサプリが広告通りにNADになって効くとすれば、ナイアシンが効いたのかも知れません。これって可笑しくないですか?純粋にNMNとして売って欲しいものです。

【その3】図2のグラフは皮膚のNADデータです。エネルギーを必要としている組織・臓器は皮膚だけではありません(詳しくは → こちら)。筋肉、心臓、腎臓、神経、その他も皮膚以上にエネルギーを必要としているのに、皮膚だけを選んで図を示す理由が書いてありません。このサプリは長生きのためでなく、美白のためなのかと思ってしまいます。



【その4】図3の先生はNMNの研究者ではありません。米国ワシントン大学で研究を続けている今井教授は「NMNの老化予防効果はまだ証明されていない」と慎重に話しています(詳しくは → こちら)。

 日本国内では富山大学の中川教授が、NMNの小規模臨床試験でNADの上昇を確認しています(詳しくは → こちら)。筆者は中川教授とNHK番組に出たことがありました。そのとき中川教授が示したパネルに「ニコチン酸で老齢マウスのNAD値をが高くなる」という写真がありました(図6)。実は番組のためにお願いして試して頂いた実験でしたが、その結果を見て出演者全員がびっくりしたのです。その中川先生が、NAではなくNMNで論文を書いたわけは、(筆者の想像では)今井教授が主宰するNMN国際研究の一環を受け持っているからでしょう。この研究は新聞広告とは無関係です。



●哺乳類はNADを作るビタミンとしてNAよりNAMを多く使っている。

 今井教授がNADブースターの研究でNMNを選んだ理由は、哺乳類が実際に利用しているのは「NAではなくてNAMだから(図4)」です(詳しくは → こちら)。実際に哺乳類の餌となっている動植物に含まれる2つのビタミン、NAとNAMの量を比べると、NAMの方が圧倒的に広く多く分布しているので、食べ易い方を使っていると言えるのです。そして今井教授は、サルベージ回路が脆弱化した高齢者のために、NAMと同じサルベージ回路にあるNMNを選んだのです。


●今井教授は、体内でNMNができにくい理由も解明した(詳しくは → こちら)。

 図4の下段に脂肪細胞が描いてあります。今井教授の研究によれば、NAD生合成のサルベージ回路がスムースに回るための条件は、NAM→NMNの触媒酵素であるNAMPTが十分にあることが大事で、これが不足すると回りません。他の研究者もビックリしたことには、この重要なNAMTが実は脂肪組織で作られて、顆粒に包まれた形で脂肪細胞から飛び出して、血液で運ばれて全身に行き渡るというのです。つまり全身の何処の細胞でも、NADリサイクルは脂肪組織に依存しているということなのです。

 この研究によって、年をとるとNADが減ってしまう原因の1つが、脂肪組織の老化であることが解りました。豚肉に多いNAMはNADの前駆体ですが、これとてNAMPTがなければNADになることはありません。となりますと、NADの補給はデ・ノボ経路に頼る以外になくなるのですが、図4のトリプトファンの効率は微弱ですし、デ・ノボ経路に合流するニコチン酸は、これを含む実用的な食品がコーヒー以外にないという現実があるのです。


●2つのVB3にはそれぞれの副作用があるから使いたくない!

 NADが少ない高齢者のNADを増やすには、若い人よりも多いブースターを飲む必要がありそうです。しかし、2つのビタミンB3には、大量投与したときの副作用が知られています。NAMの副作用は種類も多く、中には重篤化する場合もあるので、ビタミン所要量以上には摂りたくないとも思われます(詳しくは → こちら)。

 一方、ニコチン酸NAの副作用は一過性の顔面フラッシュで、発赤の他に痛みを伴うことがあります。前世紀に行われた幾つもの臨床試験では、フラッシュを嫌がって脱落する被験者が多くいたそうです。しかし、この副作用を理由にNAの活用を敬遠するのは如何にももったいない気がします。加齢によるNAD生合成の障害は、図4の注意マークで示す2点であって、どちらもNA→NADの変換を邪魔する個所ではないし、必要量はフラッシュとは無縁の少量なのです。


【まとめ】ということで、高齢者のNADを増やすことができれば、その社会的、医学的意味は限りなく大きいのですが、NMNが本当に役に立つサプリになるか否かは未だ予測困難な状況です。一方、コーヒーの疫学研究では寿命延長が観察されていますが、関与成分がニコチン酸NAと決まったわけではありません。どちらもまだ十分な科学的根拠に欠けているのです。

 にも拘らず、かの有名人ホリエモンさんまでもが新会社を作ってNMN販売に手を出しているなど、不老長寿へのあくなき欲望が人々の心にある限り、関連会社は確実に利益を得ることができそうです。筆者は、「NADブースターの種類は多いほど良い」と思っています。そろそろかなと年を感じる50代では豚肉に多いNAM、還暦を過ぎたら健康コーヒー、そして後期高齢者の仲間入りをして医師の指導を仰ぐようになったらサプリメントか医薬品としてのNMNという順番で、それぞれのブースターを使い分けできれば、今よりましな高齢化社会になると心底期待している所です。

(第483話 完)


【参考ネット記事】

1.今井眞一郎ワシントン大教授が語る「NMN、抗老化効果の真実」|Beyond Health|ビヨンドヘルス (nikkeibp.co.jp)

  https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00043/090800005/

2.ホリエモンNMN | 次世代のエイジングケア (jofuku.inc)

  https://www.jofuku.inc/

3.第395話 患者の珈琲学(その55)老化とニコチン酸を見直そう | 医薬経済オンライン (iyakukeizai.com)

  https://iyakukeizai.com/coffee-blog/article/409