よく聞くコーヒーの効き目の話は「コーヒーを飲むとエピネフリン(=アドレナリン)の血中濃度が高くなるのはカフェインの作用」なのですが、半分は正しく、あとの半分は違います。間違いの原因は「コーヒー ≠ カフェイン」なのですが、専門家でも「コーヒー = カフェイン」と信じてしまう傾向が強いのです。その結果、カフェインもコーヒーも体に悪いものになってしまいます。


●薬としてのカフェインはエピネフリンの血中濃度を高める(詳しくは → こちら)。

 250㎎のカフェインとプラセボを比較する臨床試験の結果が1978年のニューイングランド医学誌に載っています。この論文を書いたのはジョンズ・ホプキンス大医学部に居たデビッド・ロバートソンで、現在は当時共同研究を行ったバンダービルト大の名誉教授です。

【結果】3週間のカフェイン飲料禁止の後にカフェインを飲むと、血中ノルエピネフリンとエピネフリンがそれぞれ75%と207%の高値を示しました。図1はノルエピネフリンのグラフです。



 この論文を掲載したニューイングランド医学誌は、臨床医学研究のトップジャーナルなので、掲載論文のインパクトは絶大で、カフェインもカフェインを含むコーヒーもどちらも「飲み過ぎは危険」というレッテルを貼られてしまったのです。しかし、


●レギュラーでもデカフェでもコーヒーを飲むと血漿エピネフリンその他のカテコール類の濃度が上昇する(詳しくは → こちら)。

 これは昨年(2021年)になってNIH(米国国立衛生研究所)が発表した論文です。コーヒーに含まれているポリフェノールの代表はクロロゲン酸とカフェ酸ですが、焙煎が進むとカテコール(最も小さなコーヒー・ポリフェノール)に変化します。またコーヒーを飲んだときには、クロロゲン酸がそのまま吸収される割合は小さく、ほとんどが小腸で消化されてカフェ酸とジヒドロカフェ酸になって吸収されます。この論文でもう1つ指摘されている意外な事実は、ヒトの交感神経ホルモンであるエピネフリン(アドレナリンともいう)がインスタントコーヒーに含まれていることです。何故含まれているのか、その理由は不明ですが、そのため実験にはレギュラーコーヒーを使ったとのことです。



【実験】健康な被験者各10名に、24時間のカフェイン飲料禁止の後、カフェイン入りまたはデカフェタイプのレギュラーコーヒーを飲んでもらい、その後は経時的に採血して、カテコール類を定量分析しました。

【結果】結果の一部を図3に示します。



 交感神経伝達ホルモンであるエピネフリンとドパミンの血漿中濃度は、カフェイン入りコーヒーを飲んだときにより高く上昇しました。デカフェコーヒーを飲んでも上昇するのですが、その高さはカフェイン入りの3分の2程度でした。つまり、コーヒーで両ホルモンが増える薬理学として、カフェインの作用は確かにあるのですが、カフェイン以外の成分の影響が半分以上あるということです。尚、ノルエピネフリンのグラフが、図1と異なる理由は不明ですが、何らかの実験条件の違いなのかも知れません。


●カフェイン以外に、エピネフリンの血漿中濃度を高めるコーヒー成分はカテコールである。

 この実験の凄い点は、長年釈然としなかった「交感神経に及ぼすコーヒーとカフェインの影響の違い」に決着をつけたことです。さすがはNIH研究陣の仕事です。デカフェコーヒーはカフェイン入りより影響が少ないとは言え、確かに影響しているのです。そしてその原因がコーヒーのカテコールの1つカフェ酸にあることは、カフェ酸もエピネフリンも、どちらのメチル化もカテコール-O-メチル基転移酵素COMTが触媒となって進行し、その時メチル基を提供しているのは、どちらも同じS-アデノシルメチオニンSAMだからなのです(図4)。



 もう少し説明を加えますと、メチル化速度の速いカフェ酸がエピネフリンより先にSAMを使ってしまうので、その分だけエピネフリンのメチル化が遅くなって、エピネフリン血漿中濃度が高く保たれるということなのです。このような現象を「カフェ酸がエピネフリンのメチル化を遅くする」と表現し、その理由は「カフェ酸とエピネフリンがCOMTを介してSAMを取り合う競合的メチル化阻害作用」が働くからなのです。


●体内にはCOMT以外にも複数のメチル基転移酵素があるが、メチル基供与体は多くの場合にSAMである。

 その結果、カフェ酸などのコーヒーのカテコールは、エピネフリンなど交感神経伝達物質に留まらず、その他の生体カテコールのメチル化も抑制しますし、COMT以外の酵素が触媒するメチル化を抑制することもあるのです。例えば、コーヒーはDNA塩基のメチル化を抑制し、ニコチナミドのメチル化も抑制します。これらについては第485話で解説したので参照して下さい(詳しくは → こちら)。


●まとめ

 繰り返しますが、「コーヒーはカフェインではありません」。ですから、厚労省が定める「カフェインの標準投与量」は、そのままでコーヒーに当てはめることはできません。かと言って、「コーヒーのポリフェノールはエピネフリン濃度を高めるのでカフェイン同様に危険」というのも生理学的に正しい意見ではありません。

 更に言うならば、「サッカー・ワールドカップの応援はビールよりもコーヒーを飲みながらの方が感動値が高くなる」。ただし、両方飲みながら2時間応援すると、それはカフェイン中毒の危険が生じるので、どちらか一方にすべきです。

(第488話 完)