今世紀初頭、「フランス人が赤ワインを飲み過ぎても心臓病で死なないわけは、長寿遺伝子を刺激するレスベラトロールのお蔭です」という論文がNature誌に掲載されました。長寿遺伝子はサーチュイン遺伝子のことで、今や人の寿命をコントロールしている重要因子として、論文発表数が最も多い遺伝子として有名です。


●コーヒーも赤ワインと同じように長寿遺伝子サーチュインを刺激する(詳しくは → こちら)。

 赤ワインに遅れることほぼ20年、疫学研究に比べるとコーヒーの実験研究はずっと数が少ないのですが、今回の実験で赤ワインと同じデータが得られました。この実験は、20~70歳の健康な男女53名の8週間コーヒー・トライアルです。

【実験】半数の人はアラビカのドリップコーヒーを、他の半数はロブスタとのブレンドコーヒーを1日3∼4杯を飲んで、8週間を過ごしました。1杯の調製法はごく普通のやりかたで、15gの豆を150mLで抽出しました。トライアル開始前の3週間は、カフェイン摂取を禁忌として、コーヒー以外にもカフェインを含む飲み物と医薬品は全て避けて過ごしました。トライアル開始日と8週間後の終了日に血液検査を行って、長寿遺伝子産物のサーチュイン(Sirt1)の血中濃度を測定しました。他に脂質とホモシステインの測定も行いましたが、ここではSirt1だけを紹介します。

【結果】結果は非常に簡単で、アラビカのストレートの場合、実験前に0.51ng/mLだったSirt1血中濃度が、8週間後に0.58ng/mLになって、約14%の高値を示したということです(図1の赤)。またロブスタとのブレンドの場合には、0.40ng/mLが0.49ng/mLとなって、23%の上昇でした(同緑)。男女に有意差はなく、よく似た結果でした。



 この論文が発表されたのは今年5月、実験したのはブラジルの研究者でした。赤ワインの時には新聞もTVも大々的に報道し、店によっては赤ワインが売り切れになってしまうほどの大騒ぎでした。それに比べますとコーヒーの場合には、新聞もTVもニュースにすることはなかったようです。20年の時の経過に、筆者はある種の感慨深さを感じました。

 俗っぽく書きますと、赤ワインの研究はハーバード大学で行われ、論文は世界のNature誌に載りました。片やコーヒーの研究はサンパウロ大学で、論文は1996年創刊の比較的新しい臨床医学雑誌でした。この違いがメディアの反応に影響したのかも知れません。しかし、筆者が思う最も大きな差は、20年の間に想像を超えて進歩した「コーヒーと健康」の科学があるのです。


●この20年の疫学研究で、「毎日飲むコーヒーが三大死因病のリスクを減らして寿命を延長する」ことが明らかになっている。

 長寿遺伝子サーチュインに触れなくても、コーヒーは長寿を齎す飲み物になっているのです。ですから、ここで改めて「コーヒーはSirt1を増やす」とのデータが出ましたと言っても、世の中の人は、「まあそうでしょうね」というくらいで、赤ワインの時の感動を抱くことはないということなのです。

 「コーヒーと健康」の研究は、前世紀の半ばの未熟な疫学研究からスタートしました。調査対象が万を超える大人数だったり、10年20年という長期のフォローアップだったり、複雑な生活習慣や食事の影響があったり、方法論が確立されるまで半世紀がかかりました。そしてようやくこの10年間に、信頼できるデータが溜まってきたのです。片や赤ワインの場合は、疫学より実験が先行して、レスベラトロールとSirt1の関係が速やかに明るみに出てきたのです。そしてそれを聞いた人はみんなビックリ仰天したのです。


●それでもコーヒーがSirt1を増やすことを確認した意義は大きい。

 何故なら、Sirt1が増えるということは、病気を予防して老化を防ぐという生物学の謎を解く絶好の道具になるからです。これを切っ掛けにして「コーヒーと健康」の科学は更なる展開を見せるはずです。



●赤ワインの飲み過ぎで起こるNADの欠乏はコーヒーのニコチン酸で補おう。

 赤ワインが長寿を齎すのは含まれているレスベラトロールのお蔭です。だからと言って飲み過ぎればアルコール性肝炎とか、アルコール依存症が待っています。そういうアルコールの好ましくない作用は、補酵素NADの欠乏で起こることが分かっています。

 そこで登場するのがコーヒーで、赤ワインを飲み過ぎた後でコーヒーを飲めば、二日酔いを予防できますし、NADの欠乏を防ぐこともできるのです。赤ワインとコーヒーは、持ちつ持たれつの実に仲良しの相棒なのです(詳しくは → こちら)。

(第489話 完)