胆汁酸の腸-肝循環(Entero-Hepatic Circulation)は有名な話で、図1に示すように、胆汁に溶けて腸管に排泄される胆汁酸が、腸内で脂肪の消化吸収を助けた後、再び腸から吸収されて肝臓に戻るという循環回路のことです。腸-肝循環による胆汁酸の再利用率は95%にも達しています。胆汁酸以外に、ビタミンD3、B12、葉酸など、欠乏し易い栄養素の腸-肝循環が知られています。



●大事な栄養素はリサイクルして使う!

 栄養素のリサイクルは体のあちこちに見られます。近年の話題としては「細胞のオートファジー」が有名で、大隅良典博士のノーベル賞で一般の人にも知れ渡りました(詳しくは → https://www.titech.ac.jp/news/2016/036467)。

 コーヒーに入っているニコチン酸は、エネルギーを作る補酵素NADの前駆体(ブースターとも)で、ビタミンB3の1つです。その大事なNADが生化学的にリサイクルされていることはよく知られた事実です。リサイクルの回路はサルベージ回路と呼ばれて、新たに作るデ・ノボ経路より効率よく活用されているのです。

 それでもヒトは年を取ったり病気になるとNADが不足してしまいます。癌の悪液質やCOVID-19でも減ってしまいます(詳しくは → 第485話)。NADに腸-肝循環はありません。しかしNADはあらゆる生命体のエネルギーの素なので、サルベージ回路の他にも「何か進化の過程で出来たものがあるのでは?」と考えて実験してみたた研究者がいたのです。


●新発見:「ビタミンB3」は全身と腸管腔を行き来して「ヒトと腸内菌の仲立ち」をしている(腸-体循環:Entero-Systemic Circulation)

 この用語は学会が認めたものではありません。ペンシルベニア大医学部で生理学を担当しているジョセフ・バウエル教授の論文(詳しくは → こちら)に基いて、筆者が腸-肝循環に倣って思いついた造語です。それでもバウエル教授の論文がやがて学会に認められれば、この用語が定着するだろうと思います。

 図2は腸-体循環を説明する模式図で、右のヒト型は筆者が描いたもの、左はバウエル教授の論文を一般向けに説明するための図で、掲載誌の編集部が作ったものです。



 これまで、腸内菌が作るニコチン酸(図のNA)をヒトも吸収して利用していることが解っていました。そしてその原料は食事タンパク質のトリプトファンであることも周知です。今回の論文に書かれているバウエル教授の実験で解ったことは、腸内菌が作るニコチン酸の原料は、ヒトが腸管腔に分泌するニコチナミド(図のNAM)だということです。つまり腸内菌はヒトが使い終わって余ったNAMを使って自分のNADを合成しているということです。

 NADは細胞が生きるためのエネルギーを生み出す重要分子です。これを得るためにヒトと腸内菌は共生している、そのメカニズムが初めて明らかになったのです。この発見によって、ヒトが毎日必要とするビタミンB3(NAとNAM)の欠乏で発症するペラグラについても、更なる理解が進むと考えられます。


●それでもコーヒーから補充されるニコチン酸は大事な栄養素です。

 では皆さん、今日もコーヒーを飲んで第八波を乗り切りましょう。

(第492話 完)