シリーズ『くすりになったコーヒー』


●コーヒーを飲んでいると肝臓がんリスクが最大25%まで下がる。

 今世紀はじめの10年間に世界各地の疫学研究が似たような好ましいデータを発表しました。日本でも3つの論文が出ています。その後も各国からの発表が相次いで、原著論文だけでなく総説論文やメタ解析論文も相次ぎました。2020年までに、世界の主な国の論文が出揃って、よく似た疫学データが民族、文化、食事、風習とは無関係に、もちろん男女の差別なく成立していることが解ったのです。こうなると最早国際がん学会も、肝臓学会も、「コーヒーは肝臓を守る飲み物である」ことを疑う余地はなくなりました。この変化に一早く反応したのは患者団体でした。


●非営利民間団体「B 型肝炎財団」はB型肝炎患者に毎日コーヒーを飲むよう奨励した。

 図1は財団ホームページに12年も前に書かれたブログ記事の書き出し部分です。青色の文章を日本語にして紹介します(詳しくは → こちら)。



【翻訳】コーヒーを飲むことの長所と短所は、何年もの間激しく議論されてきました。しかし、B型肝炎やその他の肝疾患を患っている人にとっては、1日に数杯のコーヒーを追加して肝疾患の進行を遅らせ、糖尿病や心臓病のリスクを減らすことは理にかなったことです。


●コーヒーは肝臓病が進行する全ての段階で進行速度を遅らせる。

 肝臓病は肝炎から始まって慢性化し、線維化が進行すると肝硬変になって、やがて癌化します(図2)。肝炎の原因にはアルコール、その他の環境毒、薬物、肝炎ウイルスなどがありますが、原因がどれであってもコーヒーが病気の進行を抑えます。



 コーヒーの肝臓保護効果は、健康な肝臓を守るだけでなく、炎症や線維化を起こした肝臓でも、その発がんリスクを抑制します。コーヒーと肝臓の疫学研究は、健康な人が肝臓病を患うまでの10~20年を経過した後も、引き続き継続されて、病気になった肝臓がコーヒーで保護されて、発癌までの時間が大幅に伸びることが解ってきました。データとしては、追跡期間内の死亡リスクの低下としてまとめられています。


●肝臓病になったらコーヒーを飲みなさい。

 このような流れを受けて、2012年に抗ウイルス治療を終了した肝炎患者コホート(ANRS CO22HEPATHER)が立ち上がりました。フランスで肝臓病の治療と研究を行っているパスツール研究所その他10ヶ所の病院と研究所が共同して、ウイルス性肝炎患者(B型6000人、C型15000人) の経過を追跡するコホートで、今回は抗ウイルス治療を終了したC型9692人を更に4年間、約2万5千回の患者訪問を行って、予後を観察・記録したのです。図3はその結果のまとめです(詳しくは → こちら )。



 左側の赤い四角は、重症肝線維症(診断基準FIB-4>3.25)のリスク因子(オッズ比)を示しています。上段のアルコール飲料では、過去の飲酒者(past)のオッズ比は3.63なので、お酒を全く飲まない人に比べると、FIB-4>3.25になるリスクが3.63倍ということです。同じく現在の飲酒者の場合は4.66倍で、多くがアルコール性肝炎を経て、重症肝線維症の高リスク群になります。失業者と低学歴者のリスクも高いですが、糖尿病のリスクはアルコールに匹敵する高さです。

 次に図3右の緑の四角には、肝臓を保護する因子が書いてあります。一番の効き目はウイルス排除の薬物治療で、これによって重症肝線維症になるリスクは10分の1(0.10)に下がります。ウイルス除去以外の保護因子はほとんど見つかりませんでしたが、コーヒーの効き目は驚くほど強く、リスクは半分以下の0.42まで下がっていました。コーヒーの効き目は飲んだ量に比例して、1日4杯でウイルス除去治療に勝るとも劣らない強さでした。1日にたった1杯飲むだけでもリスク低下はほぼ50%で、図右端の白抜き四角に示す通りです。


●FIB-4値を予測してコーヒーを飲んで線維化を遅らせる

 肝線維化の程度を予測する検査値FIB-4とは何か?この検査値が臨床に導入されてまだ10年程度しか経っていません。ですから健康保険の健康診断でこの数値が検査票に書かれることはほとんどありません。しかし、肝臓を長持ちさせて元気な長寿を楽しむには、元気な肝臓である証としてのFIB-4を知っておくほうが有利なのです(詳しくは → こちら )。

 次に大事なことは健康診断で知らされる検査値からFIB-4を計算するやり方です。と言ってもネットを使えば難しい計算式の答えをいとも簡単に出してくれます(図4)。1つ問題は、血小板数の単位にご注意ください(詳しくは → こちら )。



 さて、ご自分の検査値を使って図4の計算の答えが出たら、それを図3の中央に書いてあるFIB-4>3.25と比べてみましょう。数字がこれを超えていたら、先ずはかかりつけ医に相談するように書いてあります。血小板数が少ないとFIB-4は大きくなるので、血小板数を維持することも大事です。食べ物と血小板の関係はよく解っていませんが、一般にはビタミンとミネラルが大切です。血小板と心臓病の関係では、ポリフェノールが良い影響を及ぼすとの論文が出ています(詳しくは → こちら )。コーヒーのポリフェノールも心臓病を予防し、心臓死を防ぐとのデータですが、コーヒーの効き目にはその他の成分の相加・相乗作用が寄与しているはずです(例えば第446話 → こちら )。


●まとめ

 真っ黒い煙突の煤やコールタールはがんの原因と言われてから100年、コーヒーとがんの疫学研究が始まって60年、そして今「毎日のコーヒーが癌を予防する」との大革命が進行中です。その最先端を行くのが肝臓がん。今回紹介した論文と患者向けネット記事は、「肝臓がんは予防が第一」の理解があってのものです。他のがんではこれほど旨く行くことはなさそうですが、カフェインを含んでいてもいなくても、コーヒーは肝臓病の各段階で進行を予防する摩訶不思議な特効薬です。

(第493話 完)