これには本当にびっくりしました!煙草のニコチンが元気の素NADを増やすというのです(詳しくは → 第498話)。しかしもっと驚いたことに、


●深煎コーヒーのNMP(N-メチルピリジニウム)が脳のニコチン受容体を刺激する!

 これは一体どういうことなのでしょうか?煙草を吸ってもコーヒーを飲んでも同じ受容体が興奮するというのです。NMPという成分の化学構造がニコチンに似ているとでも言うのでしょうか?両方の化学構造を並べて描いてみると、確かに「似ていると言えば似ている・・・」ように見えるのです(図1)。



 では図2をご覧ください。大脳黒質には、ドパミン分泌神経の細胞体があって、その表面にα4β2型のニコチン作動性アセチルコリン受容体(略してニコチン受容体と呼ぶ)があります。喫煙者が煙草を吸ったとき、この受容体にニコチンが結合すると、細胞体から枝のように伸びた軸索の先端からドパミンが放出されます。すると何とも言えない快感が漂うので、その気持ちよさが癖になると煙草を止められなくなってしまいます。



●深煎コーヒーのNMPは、ニコチン受容体に結合して、ドパミンを放出する(詳しくは → こちら)。

 この論文の内容を一言で言えば、「喫煙者の朝の一服の快感が一杯のコーヒーで強まる理由の追求」です。コーヒーを焙煎すると、生豆成分のトリゴネリンが熱分解を起こして、NMPとニコチン酸という2つの化合物に変わります(図3)。10gの生豆に60㎎程度のトリゴネリンが入っているので、深煎したコーヒー豆には20㎎程度のNMPと5㎎程度のニコチン酸ができてきます。ですから1杯のコーヒーを飲んだときに、そこに含まれているNMPの量は、ニコチン受容体に結合して、そこそこの快感を覚えるような量になるのだと思われます(筆者註:この論文にはヒト実験については書いてありません)。



 では次に、ヒト体内でのドパミンとコーヒー成分の動きを見てみましょう。


●レボドパはパーキンソン病治療薬で、体内でドパミンになってから作用する。



 レボドパの効き目は、飲んだ後の体内でドパミンになってから現れます(図4)。パーキンソン病に特有の手足の震えや筋肉のこわばりなどを改善する薬です。このブログに何回も書いたように、昔から「喫煙者のパーキンソン病発症率は非喫煙者より低い」ことが解っていました。その理由が煙草のニコチンの作用にあることも明らかになって、脳内ドパミンが注目されるようになったのです(詳しくは → こちら)。


●煙草ほどではないがコーヒーもパーキンソン病のリスクを下げる(図4)。

 前世紀からコーヒーとパーキンソン病の疫学研究データが多くの論文になって発表されてきました。初期には「コーヒーの主成分であるカフェインが関与する」と言われていましたが、それには賛否両論があって、疫学研究そのものの信憑性も疑われていました。ところが最近になって、コーヒーに「カフェイン以外の関与成分の存在」も明らかになりつつあって、疫学データに対して肯定的な見方が増えてきました。直近のこの総説論文もその1つです(詳しくは → こちら)。

 健康な人のドパミンは、食べ物から摂るアミノ酸チロシンが原料となって、それからレボドパを経由して生合成されています(図4)。しかしパーキンソン病になると、その生合成が上手く行かず、ドパミン欠乏状態になってしまいます。そこで煙草を吸ったりコーヒーを飲んだりすると、神経細胞体でレボドパからドパミンへの変化が起こって、症状の改善がみられるようになるのです。ドパミンの更なる代謝で出来てくるエピネフリンやノルエピネフリンも、煙草やコーヒーを飲んだときに経験する快感や高揚感を生み出す代謝物で、赤い破線で囲った共通の化学構造を持つために、「カテコールアミン系の神経伝達物質」とも呼ばれています。

 カフェイン以外の関与成分について、注目すべき論文は次の通りです。


●コーヒーを飲むと直後にドパミン、ノルエピネフリン、エピネフリンの血中濃度が上昇する(詳しくは → こちら)。

 図4に描いたように、レボドパは中枢神経系に存在する神経伝達物質であるカテコールアミン類の前駆体です。カテコールアミンは、運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わって、人が生きることを実感し、身体を動かし、前向きに意欲的な生活を送る原動力になる代謝物です。コーヒーを飲むとドパミンだけでなく、その他のカテコール類の血中濃度もほぼ同時に高まりました。この現象は煙草を吸ったときには見られない、コーヒーだけの特徴です。そこで論文の著者は、図2と図3に示した「NMP以外に何らかの関与成分が存在して、それが3つのカテコールアミン類の血中濃度を同時に高めた」と考えたのです(図5)。



 図5の左半分はコーヒーに含まれているカテコール類、右半分はヒト体内から見つかるカテコールアミン類です(うち1つはアミンではなく、コーヒーにも入っている小さな分子です)。論文の著者は「コーヒーのカテコールが体内のカテコールアミン類の代謝速度に影響している」と考えました。そして試験管内実験ですが、コーヒーを飲んだヒトの血液に、カテコール-O-メチル基転移酵素(COMT)とメチル基供与体を加えてしばらく放置し、分析してみると「コーヒー由来のカテコール類だけがメチル化されて」、ヒト内因性のカテコールアミン類のメチル化は起こらなかったのです。


●COMTとメチル基供与体を加えて実験すると、3つのカテコールアミン類はメチル化されずに高い血中濃度を維持した。

 この実験結果は、コーヒーを飲むと体内にあるカテコールアミンの寿命が延びて、血中濃度が高く維持されることを示しています。つまり、コーヒーのカテコールは、体内のカテコールアミンの代謝分解を抑制して、効き目を長持ちさせているのです。図6にそのメカニズムを図示しました。ここではカフェ酸とドパミンを例にとって描いてあります。



【まとめ】

 NMPとカテコール類がドパミンを増やす効果を比べてみると次のことが言える。

 1.コーヒー豆に含まれている量は、カテコール類の方がNMPより圧倒的に多い。

 2.NMPには、カテコール類が示す「カテコールアミン類の寿命を延ばす効き目」はない。

 3.喫煙者の朝の一服の快感が一杯のコーヒーで強まる理由は、「NMPのニコチン受容体作用による」と言うよりも、「コーヒーのカテコール類がカテコールアミン類の半減期を延長する」とした方が正しい。

(第499話 完)