【3.脳血管疾患】

 脳血管疾患は大きく2つに分かれます。1つは毛細血管が詰まって起こる脳梗塞(図7左)、もう1つは毛細血管が破れて出血する脳出血(図7右)です。脳出血は、その場所によって、くも膜下出血と脳内出血に区別できます。脳血管疾患は65歳以上の寝たきりリスクが最大の病気と言われています。



 脳血管疾患に罹り易い人に共通の原因は、高齢で高血圧、喫煙、飲酒、肥満などがあります。ですから脳血管疾患を予防するには生活習慣の改善が第1で、禁煙は必ず実行すること、塩辛い食べ物と飲酒はそこそこにして、肥満防止のために適度な運動を怠らないことが大事とされています。

 では糖尿病患者の場合はどうでしょうか?勿論上記の生活習慣を守った上での話ですが、野菜を多く食べること、そしてフェノール酸(ポリフェノールとも呼ばれているコーヒーのクロロゲン酸、カフェ酸、フェルラ酸など)の体内量を増やすことが推奨されています。ということになりますと、コーヒーについても摂取の指標があって良さそうですが、そういう研究論文を見かけることはありませんでした。よくよく探してみましたら、2021年になってようやく2つの論文が発表されました。

 1つは台北医科大学が2021年に発表したコーヒーと脳卒中のメタ解析研究です(詳しくは → こちら)。この中で、論文の著者は2009年に書かれたハーバード大学の論文を引用して、そこに書いてある、「糖尿病の女性では適度にコーヒーを飲んでいると脳卒中リスクが高まるものの4杯以上を飲んでいると逆にリスクが下がる」というデータに注目しています(図8)。しかしこのデータには統計的有意差がないので信頼性は今一つです(詳しくは → こちら)。



 もう1つの論文は、天津医科大学とイエール大学の共同研究で、コーヒーとお茶を両方とも飲んでいる人では、脳卒中を起こすリスクが0.78に低下していることを発表しました(詳しくは → こちら)。この研究では解析対象に糖尿病患者を層別していませんが、糖尿病患者のデータを除外しても脳卒中リスクの数値に影響はないと書いてあります。データは複雑に交雑していますが、筆者の感覚では、コーヒーとお茶を両方とも飲んでいる人のリスクが低い理由は、コーヒーのフェノール酸に加えてお茶のカテキン(ポリフェノール)が抗酸化・抗炎症効果を高めているらしいということです。的を絞った更なる研究に期待が掛かります。


【4.心臓病】

 糖尿病患者が毎日コーヒーを飲んでいると心臓病で死亡するリスクが下がります。これを最初に論文に書いたのはフィンランド国立公衆衛生研究所でした(詳しくは → こちら)。フィンランド人の糖尿病患者3837人(25~74歳)を平均20.8年追跡し、その間に1,471人の死亡があり、そのうち909人が心血管疾患(CVD)、598人が冠状動脈性心疾患(CHD)、210人が脳卒中でした。図9は患者が飲んでいた1日のコーヒー杯数と心臓病死の関係をハザードリスクで示したもので、どの死因についてもU字型カーブを示しています。つまり、糖尿病になってから飲むコーヒーにも、健康な人が飲むコーヒーと同じように、最適な1日杯数があるということです。

 図9とほぼ同じデータが、ファン・ダムらが2009年に発表した女性のデータにも見られます(詳しくは → こちら)。この論文ではカフェイン入りとデカフェタイプを比較して、デカフェタイプも合併症を抑制するが、その効率はカフェイン入りより弱いとなっています。九州大学のグループは、日本人の糖尿病患者について、男女合わせて4923人を調査しました。結果は、コーヒーもお茶もどちらもリスク低下を示しましたが、両方を合わせて飲んでいた群の全死亡リスクが低い傾向を示しました。そのうち、コーヒー1杯とお茶4杯の群が、ハザードリスク0.42の最低値でした。



 次はイランの研究で、高齢者300人(≥60歳、平均70.0歳)の糖尿病患者を対象に、コーヒーが糖尿病マーカーに及ぼす影響を調査しました(詳しくは → こちら)。その結果、空腹時血糖値、善玉コレステロール、拡張期血圧などには改善が見られましたが、血漿中性脂肪には変化がありませんでした。従って、コーヒーで糖尿病が良くなることはありませんが、合併症の予防にはそれなりの効果が期待できると考察しています。

 最後に2021年に発表された、糖尿病患者のコーヒーが心血管疾患の合併を減らすとのメタ解析論文を紹介します(詳しくは → こちら)。解析対象は、全10編のコホート研究論文に掲載された82,270人です。コーヒーを飲む群と飲まない群に分けて、合併症との関係を見ると、1日4杯群の全死亡リスクは飲まない群の0.79でした。同じく心血管疾患死では0.60、冠状動脈性心疾患死では0.68というように、図9と似た数値になっていました。


【5.うつ病】

 糖尿病患者がうつ病を発症するリスクは健康な人より24%高いとされています(詳しくは → こちら)。糖尿病患者がうつ病を合併する理由として、全身性の炎症が原因であると指摘する論文が発表されたので、これから研究が盛んになると思われます(詳しくは → こちら)。

 糖尿病患者のうつ症状が長引くと運動不足になりがちで、糖尿病自体が悪化して、その他の合併症のリスクも高くなってしまいます。そこで厚労省はe-ヘルスネットを通じて「糖尿病とこころ」の課題を一般向けにPRしています(詳しくは → こちら)。糖尿病患者にとって食事制限は大事ですが、食べたい気持ちを我慢する苦しさは尋常ではありません。ですから、健康な人にとって良いというコーヒーが、糖尿病に罹ってしまった人にとっても役立つならこんな嬉しい話はありません。

 では、コーヒーと糖尿病性うつ病の関係について、論文を2つ紹介しましょう。1つは長崎大学の大曲らが少数の日本人を対象にした研究で、コーヒーを飲んでいる糖尿病患者ではうつ病を発症するリスクが低いというものです(詳しくは → こちら)。論文によりますと、調査した人数は僅か89人でしたが、うつ病を合併した患者群の中に1日に3杯またはそれ以上のコーヒーを飲んでいる人は7.1%の少数だったのに対して、うつ病の合併がなかった群では36.5%の多人数がコーヒーを飲んでいました(p=0.032)。つまり、コーヒーがうつ病の発症を抑制していたと考えられるのです。

 2つ目は、スイス・ベルン大学のAG.アタナソフらが行った細胞レベルの実験です(詳しくは → こちら)。実験を行った動機は、①「コーヒーが糖尿病を予防するという疫学研究データがある」と、②「糖尿病の原因の1つに副腎皮質ホルモンの代謝が係わっている(図10を参照)」、という2点に注目したからです。尚、この論文には書いてありませんが、当時から糖尿病だけでなくうつ病の発症にもコルチゾールの代謝異常が係わっていることが指摘されていました(詳しくは → こちら)。



 アタナソフらの実験の結果、図中に赤字で示す11β-HSD1(1型HSD)の酵素活性をコーヒーが阻害することが分かりました。つまり右向きの反応が止まることで、一旦コルチゾンに変化したコルチゾールが、再利用されることなく排泄されるのです。従って、コルチゾールレベルが低く抑えられて、糖尿病やうつ病を発症するリスクが減るということになります。

 次に、アムステルダム自由大学のM.ダイアマントらは、糖尿病の症状が副腎皮質ホルモン剤(コルチゾールなど)の副作用の症状とよく似ていることに注目しています(詳しくは → こちら)。副作用の中に、高血糖とうつ病が含まれているので、糖尿病にうつ病が合併するメカニズムに副腎皮質ホルモンが係わっている可能性がありそうです。ダイアマントのこの論文発表を契機に、11β-HSDの研究が盛んになって、その結果、合併症を含めた糖尿病の治療では図10に示す代謝酵素を考慮すべきとの意見も増えてきています(詳しくは → こちら )。

 副腎皮質ホルモンのお話は、薬学部の学生にとっても難解な内容ですが、ストレスが刺激となって分泌されるホルモンなので、生活習慣病と深い関係があります。副腎皮質ホルモンに作用する成分は漢方薬やお茶やコーヒーなどに多いので、日常生活と直接関係してくる元気で長寿の素になるのです。

 それでは11β-HSDに影響を及ぼす天然物を紹介しましょう。最初に発見されたのは、漢方処方に汎用されている生薬甘草のグリチルリレチン酸で1997年のことでした。これは後に図10に青色で書いた2型酵素であることが分かっています。赤で書いた1型酵素を抑制する最初の化合物は筆者の研究室で本間助手が厚朴から見つけたマグノロールです(詳しくは → こちら)。丁度その頃、小柴胡湯を飲んでいた患者10名が間質性肺炎で死亡するという大事件が起きました。原因が甘草にあると判明して、漢方薬の安易な処方に歯止めが掛かったのです。同時に、漢方薬を使う治療に血中濃度の概念を導入する切っ掛けにもなったのです(詳しくは → こちら)。



 コーヒーが11β-HSDに及ぼす影響については、英国クイーンマーガレット大学でポリフェノールを研究していたドゥジャイリ(現・エジンバラ大学)が実験しました。クロロゲン酸を多く含む生豆か、またはクロロゲン酸が少ない焙煎豆で淹れたコーヒーを各2週間連日服用するという無作為交差試験です。コーヒーを飲みはじめる前日と飲み終わった翌日に24時間採尿して、コルチゾールとコルチゾンの排泄量を測定して、図11のような変化を確認しました。図左は1日排泄量、図右はコルチゾール/コルチゾンの比率の変化です(詳しくは → こちら)。

 結果を要約すると、焙煎豆よりも生豆を飲んだ後の方が、コルチゾールの減り方が大で、コルチゾール/コルチゾン比がより大きく減少しました。この結果について、論文を書いたドゥジャイリは「副腎皮質ホルモンが心血管危険因子の減少に何らかの役割を果たしている」と考察しています。図10の代謝バランスへの影響について酵素で確認する実験はしていませんが、どうやらコーヒーは1型を抑制する飲み物のようです。ドゥジャイリらはこの論文の他にもヒトの唾液を採取してステロイドを分析し、図11とよく似た変化を観察しています(詳しくは → こちら)。

 副腎皮質ホルモン(特にコルチゾール)はアドレナリンと並ぶストレスホルモンです。そのため多過ぎるとうつ病の原因になると考えられています。コーヒーを飲んでいる人はうつ病になり難いとの疫学データは、糖尿病患者にも成立するはずで、その場合の作用機序は図10で説明できそうです。

 最後につけ加えますが、うつ病の治療に甘草が良いとの最近の論文もあって、筆者が思うには、1型でも2型でもバランスが大切だろうということです。更には糖質コルチコイドと鉱質コルチコイド(アルドステロン)のバランスも関係しているとも指摘されています。健康に良いコーヒーについて深く考えさせられる研究課題です。


【6.SGLT2高発現の糖尿病にはトリゴネリンが効く】

 SGLT2高発現の糖尿病患者にはSGLT2阻害薬が使われています。こういう患者ではNrf2も高発現していて、両方が1つになって血糖値を高めていることが解っています。そこで浅煎りコーヒーを飲めばそのトリゴネリンがNrf2を抑制するので、SGLT2阻害薬とよく似た効果を発揮するのです。詳しくは第444話に書いたのでそちらをご覧ください → こちら


【結論】以上をまとめると次のような結論になります。このことを日本の隅々まで聞こえるように、大きな声で叫びたい気持ちです。

●糖尿病になったら毎日コーヒーを飲みなさい。

(第503話 完)