心臓は「血液を送り出すポンプ」ですが、一人に1つしかないし、働きが乱れると病気になるし、止まれば死んでしまうので非常に大事な臓器です。心臓の働きが狂う原因は色々あります。心臓の筋肉に酸素と栄養を運ぶ動脈(冠状動脈)に粥状動脈硬化が起こると発病する虚血性心疾患(狭心症と心筋梗塞)、弁の開閉が上手く行かずに血液の流れが不規則になる弁膜症、脈拍が乱れる不整脈等々です。そしてこれらの病気が原因となって、心臓の働きが弱まると、全身に酸素不足が起こる心不全になってしまいます。


●ほどほどの量の毎日のコーヒーが心不全になるリスクを下げる(詳しくは → こちら)。

 信頼性が高いとの定評がある米国の3つの疫学研究で、毎日のコーヒーが心不全の発症リスクに及ぼす影響が調べられました(図1)。前世紀の半ばから現在も継続しているフラミンガムスタディーは最大規模の疫学調査で、毎日1杯のコーヒーを飲んでいると、心不全リスクが4.5%減少すること、3杯ならば13.5%の減少になることが示されました。他の2つの調査でもコーヒーが心不全リスクを減らす傾向が確認されているので、毎日飲むコーヒー習慣が心不全に至る心臓病の増悪を抑えていると言えそうです。



●毎日コーヒーを飲む習慣が長い目で本態性高血圧を予防する

 2002年からの20年間に、コーヒーと高血圧の関係を調べた13編の原著論文をまとめて、2023年に総説論文が発表されました。それによると毎日コーヒーを飲んでいる人が高血圧になる相対リスクは0.93に下がるのだそうです(詳しくは → こちら)。高血圧になると次に待っているのは動脈硬化で、あっという間に心臓や腎臓の働きに影響します。


●毎日コーヒーを飲む習慣が粥状動脈硬化と冠状動脈性心臓病(虚血性心疾患)を予防する(詳しくは → こちら)。

 毎日適度にコーヒーを飲む群は粥状動脈硬化と虚血性心疾患に罹るリスクが低下しています。この論文は日常の食品全般について評価する内容で、そのなかにコーヒーも含まれているのですが、他の多くの研究の中にはコーヒーに特化した調査も沢山あります。その中から直近の論文を紹介しましょう(詳しくは → こちら)。米国ルイジアナ州にある非営利医療機関オクスナー医学財団研究所は循環器病研究で有名です。その論文によれば、適度なコーヒー摂取が心臓病死のみならず全死亡リスクも減らすこと、高血圧、コレステロール値、心不全、心房細動の減少と関係していることを示しています。


●日本人のコーヒーと心臓病死亡リスクの関係

 日本の国立がん研究センターでは今世紀のはじめからコーヒーと病気の疫学研究を進めてきました。そして2015年にコーヒーを毎日飲んでいる群と飲まない群の死亡リスクのデータを発表しました(詳しくは → こちら)。



 図2はこの論文のデータを棒グラフで描いたもので、同センターのホームページに公開されています(詳しくは → こちら)。この図には心臓死だけでなく、四大死因病のがん、脳血管疾患、呼吸器疾患による死亡率、および全死亡率が並んでいます。どの病気も高齢者で多く発症するため、これらの病気を予防したり、罹っても悪化しないようにすることは、寿命の延長に繋がるはずです。コーヒーを飲むことで、がん以外の病気別死亡率が低下することから、その総和が全死亡率の低下に繋がっているという説明は分かり易くて納得できます。


●血圧が高くても毎日のコーヒーが死亡リスクを下げる。

 高血圧を放置すると心臓病と脳卒中のリスクが高まるので、かかりつけ医は降圧薬の服用を勧めます。血圧が正常にコントロールされれば、コーヒーを飲むことは許されるはずです。しかし薬でコントロールできない高血圧患者がコーヒーを飲むことは要注意です。何故なら、コーヒーが原因で自律神経系が興奮して(アドレナリンが増えて)血圧の更なる上昇が起こるからです。もし脳出血が起これば取り返しがつきません。

 高血圧患者とコーヒーの関係を調べる疫学調査には避けられない交絡因子があります。つまり「血圧コントロールが難しい患者はコーヒーを飲まない」ということです。逆に「コントロール出来ている患者はコーヒーを飲む気になる」のです。残念ながらこの点をきちんと考慮した調査は多くありません。そんな中で、飲む群と飲まない群の心血管系の検査値がほぼ等しいことを確認して進めた研究があります(詳しくは → こちら)。図3をご覧ください。



 図3は、65歳以上の高血圧患者6,076人を6年間追跡し、その間に死亡した2,200人(うち心血管病死は765人)を、1日に飲んでいたコーヒーの量(カフェイン量で表記)で層別(横軸)して、死亡リスクの変化を調査したものです。カフェイン入りコーヒーに換算して1日に数杯を飲んでいる群の全死亡リスクは0.70まで低下し、心血管病での死亡リスクは更に0.55まで下がることが見て取れます。女性は男性より影響を受けやすいとはいえ、男女ともに飲み過ぎれば元に戻ってしまいます。つまり適量のコーヒーは、高血圧による血管壁の老化を軽減している可能性があるというのです。


●高血圧以外の心臓病患者でもコーヒーを飲むことは安全です(詳しくは → こちら)。

 かつてコーヒーは「刺激が強過ぎて身体には良くない飲み物」と思われていました。それが何故身体に良い飲み物に変わったのでしょうか?2017年に発表されたこの論文によれば、2010年までの論文には、疫学データの解析方法に不備があったため、タバコやアルコールなどの交絡因子の影響が加わっていたのだそうです。そこで、2010年から16年までの論文をまとめてみたところ、コーヒーは生活習慣病を予防するとの結果が出て来たのです。この論文でコーヒーが発症リスクを下げる病気とは、高血圧の他に、不整脈と心血管系疾患および心不全です。さらに注目すべき点は、1日3-4杯のコーヒーは、健康人にとって安全であるのと同じように、心臓病患者(高血圧、糖尿病、心不全、不整脈、および心血管系疾患)にとっても安全であるということです。以下に詳しく説明します。


●狭心症発作の経験者が1日2-4杯のコーヒーを飲むと死亡リスクが70%に低下する(詳しくは → こちら)。

 この論文は、狭心症発作を経験してから10年を経過していない4,365人(60-80歳、21%女性)を対象にした調査です。7年間の調査期間中に945人が、心血管系疾患(CVD:396人)または虚血性心疾患(IHD:266人)で死亡しました。コーヒーの1日消費量で層別して死亡リスクを比較したところ、CVDでは0-2杯が1.00、2-4杯が0.69、>4杯は0.72でした。またIHDでは、それぞれ1.00、0.77、0.68でした(図4)。注目すべきは、デカフェコーヒーでもほぼ同じ結果で、心臓病患者でも毎日飲めば死亡リスクが下がるということです。言い換えれば、10年前までの常識とは真逆のデータが得られたのです。



 そして3つ目は、緊急手術で一命をとりとめたST上昇型心筋梗塞(STEMI:図5の説明を参照)の患者のコーヒーについて、介入試験で確認した結果です(詳しくは → こちら)。一般に、STEMIを経験した後に心臓自律神経機能に障害が残ると、再発率と死亡率が非常に高くなるそうです。この研究の目的は、急性STEMI患者の自律神経機能と病気の予後に及ぼすコーヒーの影響をランダム化対照試験で調べることでした。



 試験対象患者は冠状動脈ケアユニットに入院している103人で、レギュラーコーヒー(カフェイン入り)またはデカフェコーヒーのどちらかを無作為に割りつけました。そして5日後に、自律神経機能(心拍数の変動)を測定して、これをカフェインの影響と見做して評価しました。結果は、レギュラーコーヒー・グループでは、副交感神経活動が最大96%(p=0.04)の増加でしたが、心臓のリズムに対する悪影響は見られませんでした。そこで結論は、「コーヒー摂取はSTEMI直後の副交感神経機能の増加を齎しましたが、コーヒーは安全であり心臓への悪影響はなかった」とのことです。


●心筋梗塞の経験者でもコーヒーは安全な飲料です(詳しくは → こちら)。

 図4とその他の原著論文のデータをメタ解析して検証した結果が2020年に発表されました。発作が治まった後でコーヒーを飲んでいた群と飲まなかった群に分けて比べたところ、心血管病による死亡リスクは0.71の低値で、全死亡リスクで見ても0.85でした。心筋梗塞の発作の頻度については0.99でほとんど差がなく、脳卒中についても0.97で、むしろリスクは軽減するように見えました。まとめると、心筋梗塞を経験したからといって、コーヒー習慣を変える必要ななく、大事なことはストレスなど主要なリスク因子を減らす生活が大切ということです。コーヒーは飲みたくても病気のことが心配だという患者さんのために、図6のようなイラストを作ってみました。ペットと一緒に楽しむこともできるかも知れません。



●コーヒーの心保護作用には、カフェイン以外の成分も寄与している。

 図4の結果がデカフェコーヒーでも観察されるという事実によって、カフェイン以外の成分の寄与が重要であると言えます。ではその成分が何であるのか、論文を検索してみました。すると、心代謝性疾患(心血管病と2型糖尿病)のリスク因子となるバイオマーカー(検査値)に注目して、ポリフェノールを含む食品の無作為化臨床試験が行われていました(欧州8ヶ国の共同研究)。2019年に発表された論文によれば、疾患バイオマーカーを最も強く抑制したのはポリフェノールを多く含む食品で、中でも、ヒドロキシ桂皮酸(図7のコーヒー成分が代表的)だったのです(詳しくは → こちら)。



 では日本人は毎日の食べ物からポリフェノールをどのくらい摂取しているでしょうか?これについては2009年のネスレジャパン社が論文に書いていますが、飲料が中心で野菜果実についてのデータはありません(図8:詳しくは → こちら)。



 図8を見ると、日本人はポリフェノール源として、カフェイン飲料であるコーヒーとお茶を選んでいると言えます。中でもコーヒーは欧州共同研究で優れていると指摘されたヒドロキシ桂皮酸のクロロゲン酸を多く含み、その含有量は野菜よりはるかに多いことが知られています。これに次いで多く摂っているポリフェノールはお茶のカテキンで、お茶以外の飲食物にはほとんど入っていません。従って日本人の場合、心代謝性疾患の予防、またはそれらの疾患を患っている人にとってコーヒーとお茶を合わせて飲むことは極めて有用ということになるのです。


●日本人にはコーヒーと緑茶を両方とも好む食習慣がある(詳しくは → こちら)。

 大阪大・筑波大・北海道大の共同研究で、心筋梗塞を経験した日本人がコーヒーと緑茶を飲んでいるとどうなるかという研究があります。今回、46,213人を18年間追跡し、1,214人の再発を確認しました。コーヒーを飲む群と飲まない群を比べると、毎日1~6杯のコーヒーで全死亡リスクは0.82に低下していました。同じことを緑茶で調べてみると、毎日1~6杯で0.73に低下していました。欧米ではコーヒーと紅茶のデータが複数の論文で発表されていて、両方を飲む群の死亡リスクが低いとのことです。コーヒーのポリフェノールはヒドロキシ桂皮酸で、緑茶と紅茶ではカテキンですから、図8に示す異なるポリフェノール摂取源を両方とも摂ることが良い結果を齎すと考えられるのです。図9は極めて単純に分かり易く書いたイラストです。



●健康な人がカフェイン入りコーヒーで不整脈を起こすことはありません

 誰でも初めて不整脈を経験すると、次に起こったら死ぬかも知れないという恐怖心から、好きなコーヒーを止めるかも知れません。かつて長い間、カフェインは心臓に悪いと言われていたからです。しかし、研究論文によりますと、ほとんどの不整脈ではコーヒーを止める必要はないのです。ここ数年に発表された論文を紹介します。

 最初の論文は2022年のメタ解析論文で、コーヒーの化学成分ごとに大まかな薬理作用を示し、心房性と心室性の不整脈と関係づけをしています。そして結論として、適正な量のコーヒーを毎日飲み続けることで「不整脈を発症するリスクは減る」ものの、滅多に飲まない人がたまに飲み過ぎると不整脈を起こすとしています(詳しくは → こちら)。

 次の論文は慢性心臓病の人のコーヒーと心房性不整脈の関係を調べた原著論文です。結論の第1は、毎日3杯以上のコーヒーを飲むと不整脈の頻度が下がること、そして第2は、ある種の血中セラミドの濃度が高まっていることでした(詳しくは → こちら)。コーヒーと血中セラミドの関係については、以前にこのブログで解説したので参照して下さい(詳しくは → こちら)。


●臨床試験で証明された「普通に歩ける成人はコーヒーを飲んで不整脈を起こすことはない」

 普通に歩くことができる成人100人(39±13歳)を対象に、半数はレギュラー、他の半数はデカフェを毎日飲んで、14日間連続して心電図をモニターしました。解析結果を表に示します。この論文の結論は「無作為化試験の結果、カフェイン入りコーヒーを飲んでも、毎日の早期心房収縮が、デカフェコーヒーより有意に増加することはありません」とのことです(詳しくは → こちら)。

 この論文の掲載誌はニューイングランド医学誌なので、世界中の臨床医が目を通すことは必至です。そしてその影響は直ぐに現れるでしょうから、町のかかりつけ医の不整脈患者対応にも変化が起こるはずです。



【まとめ】たった1つしかない心臓ですから、これが故障すると死の危険が迫ります。自分ではどうにもならない自律神経支配の臓器です。10年前までは絶対避けなければならないコーヒーでした。しかし今は違います。致命的な急性心筋梗塞であっても、治療が終わって退院すれば、普通にコーヒーを飲むことが許されますし、むしろそうした方が再発を予防し、元気で長持ちする心臓になるのです。ただし、飲み方を間違えると元の木阿弥ですから、1日数杯までとして、毎日規則正しく続けることが肝要です。ではどんな飲み方が良いのかと言いますと、これまでこのブログに書いた内容が大いに参考になるはずです。

(第507話 完)