●コーヒー抽出液にジメトキシ桂皮酸(DMCA:図1)が入っていて、それがコーヒーを飲んだヒトの血液からも検出される(詳しくは → こちら)。

 2011年に発表されたスイス・ネスレ社の論文です。著者の一人、ゲリー・ウイリアムソンは、その後英国のリード大学に移って研究を再開、コーヒーを飲むと血中に現れるフェノール性化合物の薬物動態(血中濃度の時間変化)を明らかにしました。第517話をご覧ください(詳しくは → こちら)。

 こうしてDMCAの存在は分かったものの、健康との関わりは不明でした。それどころか薬理学的な効き目があるとは思えなかったのです。何故なら、カフェ酸やフェルラ酸が抗酸化性を示す水酸基(フェノール基)をもっているのに比べて、DMCAでは2つともメチル化されているからです(図1)。




 ウイリアムソンはDMCAの腸内菌代謝についても、図2のように考察しています。


 図2を見ると、フェルラ酸もDMCAもコーヒーを飲むと直ぐに吸収され始めて、1時間で最大になっています。これを薬物速度論的に言いますと、「コーヒーに入っていた成分がそのまま胃または小腸から吸収された」ことを示しています。一方、ジメトキシジヒドロ桂皮酸は、1時間よりも6時間後の方が高い濃度になっています。このことは「DMCAの側鎖の二重結合が大腸の腸内菌で水素化(還元)された」ことを示しています。腸内菌による嫌気的水素化については第517話で解説したのでご覧ください。

 DMCAの最大血中濃度は何らかの薬理作用を発現しても不思議ではない濃度です。しかし、どんな作用があるのかないのかほとんど情報がありません。そこで、桂皮酸の誘導体について少し見てみましょう。図3は薬になった桂皮酸誘導体で、桂皮酸ハイブリッドと呼ばれている化合物です(詳しくは → こちら)。これらの仲間として見れば、DMCAは桂皮酸とメタノールのハイブリッドで、最も簡単な桂皮酸ハイブリッドということになります。その薬理作用について、つい最近になって論文発表がありました。



●DMCAは脳内でα-シヌクレインがアミロイドタンパク質へと変身する工程を阻害する(詳しくは → こちら)。

 実験は試験管内で行われました。精製したα-シヌクレイン(アミロイドタンパク質の素)を38℃の培養液に溶かして、これにDMCA(13-53µg/mL)を含む焙煎豆抽出液を種々の濃度で加えて48時間培養し、産生したアミロイドタンパク質の量を蛍光法で測定しました。結果を図4に示します。



 α-シヌクレインのアミロイド化を焙煎豆抽出液が阻害する効果は用量依存的(添加量を増やすと阻害効果が増す)でした。従って、図4の作用は抽出液に含まれているDMCAである可能性が最も高いと思えるのです。この結果は未だ仮説の段階で、証明するには更なる実験が必要でしょう。にも拘らずこれが魅力的である訳は、DMCAの効き目に間違いがなければ、食品成分として最初の例になるからです。


●α-シヌクレインのアミロイド化が脳神経細胞を傷害すると運動機能や認知機能の低下が起こることにNature誌も注目している(詳しくは → こちら)。



 図5は、Nature誌が解説したパーキンソン病の腸-脳関連の図です。図の中に説明されているので、じっくりお読みください。脳の中の神経を研究するだけでは難しかった治療薬開発が、新たに腸内細菌叢が加わることで、新たな進歩に繋がるかもしれません。パーキンソン病以外にも、例えばアルツハイマー病の予防と治療についても示唆を与えることになりそうです。DMCAを含むコーヒーへの期待が益々高まる気配を感じます。

(第518話 完)