■海外展開は必須

―初出展したドイツの『MEDICA/COMPAMED 2022』で実感した日本との違いは。

 いちばんの違いは「意思決定可能な場」であること。今回我々は気になる企業に事前にアポを取り、先方のブース訪問も積極的に行いました。そこで交換した名刺を見ると社長や副社長だったりして、意思決定権者自ら足を運んでいました。「後でこれについてもう一度話そう」などという機会もあり、実のあるディスカッションができました。日本の見本市では現場の担当者や営業マンがブースにいることが多く、挨拶の場のイメージでしたから新鮮でした。


面談の中でゲルの新たな応用分野に関するヒントは得られたか。

 今回は自分たちの技術を売り込むことが第一だったので、まだ具体的には見つかっていません。ただ、23年の年明けからは現地でつながった海外の方々と毎日のようにミーティングの予定が入っています。詳細なディスカッションになると何か見えてくるかもしれないと期待しています。


 ―今回の出展支援以外に公的支援を受けた経験や「今後こんな支援があれば」という提案は。

公的支援は積極的に活用しています。例えば20年に支援先として採択された特許庁の知財アクセラレーションプログラム(IPAS)は非常によい機会でした。知財専門家とビジネスの専門家のお二人(知財メンタリングチーム)と、知財をいかに取っていくか、それを使っていかにビジネスにしていくかなどを半年にわたってディスカッションさせていただき、本当にありがたかったです。今後も、今回のように海外展開を促進していただける機会があれば、とても嬉しいです。


―国内外で社会の高齢化が進む中、ニッチ領域でも展開できる医療機器産業に対する期待が高まっており、海外展開は個別の企業にとどまらないメリットがある。増井さんの意見は。

 私見ですが、この市場を大きく展開していくためには二つのポイントがあると思います。一つは、ベンチャーと大企業がいかに協働してイノベーションを起こせるか。この30年日本の経済が発展していない状況を考えると、自前主義には限界があります。大企業がもっとオープンにスタートアップとつながっていくことが重要です。二つめは、海外展開への支援です。特に医療でいうと日本市場は世界の10分の1ですから、海外に出ていくしか市場を拡大する手法はない。この2軸によって今後の広がりが期待できるのではないでしょうか。


*******


 東京大学大学院工学系研究科に、物理系から化学系までを束ね未来型医療を目指すバイオエンジニアリング専攻が設立されたのは06年のこと。骨軟骨再生医療に携わってきた鄭雄一教授(医学系研究科兼任)は、博士課程を終えたばかりの酒井氏に白羽の矢を立てた。この時期に、薬学部で再生医療やDDSを学んだ後、酒井・鄭研究室の一期生となったのが増井氏。多くの修了生が研究畑や化学メーカーに進む中、修了後は事業開発会社やITベンチャーで活躍。しかし、順風満帆な時期ばかりではなく、傷心で出かけた世界一周の旅でハードな体験をした後に帰国。科学的な発見や技術革新を通じて社会問題の解決を図るディープテックを志すようになった。情報収集を兼ねて酒井教授を訪ねて事業化の話が盛り上がったことをきっかけに会社設立に至りCEOを任されたという。

 再生医療にしても、医学・薬学の背景を持つ医療者・研究者や企業は生物学的な視点で解決策を模索するが、物理学的なアプローチを加えることで新たな道が拓けるかもしれない。


[2022年12月20日取材]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。