疫禍動乱
世界トップクラスのワクチン学者が語る、Covid-19の陰謀・真実・未来
ポール・A・オフィット
関谷冬華訳/大沢基保日本語版監修
2024年9月刊/日経ナショナルジオグラフィック
感染症やワクチン関連の読書でしばしば登場する人物が、英国の元小児科医アンドリュー・ウェイクフィールドだ。MMRワクチンを接種すると自閉症を発症するという論文を発表、98年に『ランセット』に掲載された。しかし、掲載後に誤りが指摘されて、ランセットは10年に論文を撤回し、同時にウェイクフィールド自身の医師免許も剥奪されている。彼はその後、米国に移住し、自説を喧伝して回った。
要するに現在では、(健全と思われる世論では)ウェイクフィールドの説は与太話でしかないのだが、米国移住後も彼は大活躍し多額の報酬を得ているらしい。反ワクチンの映画まで制作し、これに8月まで無所属で大統領選に出馬していたロバート・F・ケネディ・ジュニアが加担していた。ロバートは立候補を断念してトランプ陣営についた。トランプは当選したら彼を重要閣僚で起用すると明言している。ウェイクフィールドはトランプの就任祝賀会(17年)にも招かれている。
少し脱線するが、ロバート・F・ケネディ・ジュニアについて、日本のメディアのほとんどはジョン・F・ケネディ元大統領の甥だと紹介する。ロバート・ケネディ元司法長官の息子では通じないと考えているらしい。ロバート・ケネディ氏も暗殺された。要するにジュニアはケネディ・ファミリーの一員。サラブレッドだ。
ワクチンは集団的社会防衛安全保障だ。にもかかわらず、米国は有力な政治家までもが反ワクチン説を信奉しているようにみえる。ウェイクフィールドの米国でのキャンペーン以後、14年頃から麻疹の集団感染が度々起きているのも、無縁ではないようだ。しかし、実はこの反ワクチン運動、どうも政治資金稼ぎの一端に見える。
そして19年末からの新型コロナウイルスパンデミックでの死者の偏りの理由が、この読書で少しわかった。
ジョンズ・ホプキンス大学の調査では、23年までの新型コロナの死者は米国が110万人超、日本は7万人超だという。宗教観、多人種、貧富の差など社会構造偏差の要素があるとしても、米国の死者数にはやはり驚く。同時に、「反ワクチン」という暗礁が米国社会では想像以上に大きいことにも絶句する。
毎年、ノーベル賞を受賞しまくる米国は素晴らしいが、科学を疑う世論も小さくはない。そして科学を疑う人々を抱え込むドナルド・トランプという人物が再び米国大統領に当選するかもしれない。底知れない、どうにも不思議な思いのする読書。