「ガイドライン」が市場を生む
ノボは来年から本格的にウゴービを普及させる。今年2月に発売したが、自主的に提供施設を絞り込んでいた。ウゴービは、ノボの糖尿病薬「オゼンピック」として使われるGLP-1受容体作動薬を肥満症向けに開発し直したもの。日本人が参加した東アジア試験では、投与68週時に13%の体重減少を達成。体重100キロなら87キロまで減る効果があり、発売前から話題となっていた。
一方で、関心の高さから供給問題や不適切使用への懸念があった。簡単に痩せられる「ダイエット薬」として芸能人やインフルエンサーが独自ルートで入手して使用経験を紹介する動画がネットで出回るなど、不適切使用が問題となった。このため厚生労働省は不適切使用に注意喚起をするとともに、ウゴービの承認でも常勤の専門医や管理栄養士がいる施設に限るなど厳しい条件を付けた。
ノボは発売後、さらに慎重を期すために承認条件よりも厳しく施設を限定。当初は都道府県で2施設前後、全国で150施設程度でしか使用できなかった。話題の新薬ともなれば、一昔前の製薬業界なら垂直立ち上げも珍しくなかったが、ノボはとにかく混乱が生じないようにスロースタート。安全運転を心がけたことで大きな混乱はなく、7月から一部施設で自主的な選定を緩和し、12月には完全に絞り込みを解除した。この解除により、承認条件を満たす1500〜2000施設で処方が可能になってくる見通しだ。
ノボが安全運転に徹したのは、もちろん厚労省から念押しされたこともあるが、混乱を招いてせっかくの巨大市場を台無しにしたくなったというのが本音だろう。ノボはウゴービの発売に向けて日本肥満学会と二人三脚ともいえる準備をしてきたからだ。それは学会が22年に6年ぶりにした「肥満治療ガイドライン」の改訂に象徴される。このGLが画期的だったのは、単なる「肥満」と、病気である「肥満症」を明確にわけて基準を設けたことにある。肥満はボディマス指数(BMI)が25以上とし、肥満症は肥満に起因・関連する健康障害がある、あるいは合併症が予想されて医学的な減量を必要とする病態と定義した。さらに肥満症に関しては積極的な治療・予防が必要とし、治療薬の適応基準も定めた。
GLは「見た目」の問題と片付けられてしまいがちな太った体型について、一定基準以上を病気として世間に認知させた。製薬企業が新たな疾患を〝開発〟することで、市場をつくり出すのは昔からある戦略で、まずはGLで新たな疾患概念を定義してもらうことが第1歩となる。まさに肥満治療GLはウゴービの発売を見据えた地ならし的な役割を果たした。
GLは委員長である神戸大学大学院の小川渉教授をはじめ、副委員長16人を中心に作成された。とくに掲載された治療薬の適応基準と評価基準の項目に関しては、製薬企業の開発担当者と学会が意見交換を行うという、きわめて異例の措置がとられた。学会は22年11月にGL改訂の発表記者会見を開催。そこで小川教授が基準の検討は「一般的に学問の独立性を担保するため、製薬企業と共有しない」と述べたうえで、製薬企業と意見交換をしたことを明らかにした。決して「産業界におもねるわけではない」という。
GL作成をめぐり学会が製薬企業と話し合いを持つのは、医療界では御法度といえる。製薬企業の事情に鑑みて配慮しないとも限らないからだ。カネをもらっていたらなおさらだろう。過去には高血圧治療GLの作成委員が、降圧剤「ディオバン」の虚偽広告事件を起こしたノバルティスファーマから謝金を貰っていたとして問題となった。ノバルティスは社内で講演料や寄附金をとおして取り込んだ医師らを「シンパ」と呼び、ディオバンの広告塔に利用していた。
事件の教訓もあり肥満症GLには製薬企業との利益相反について記載されているが、謝金を受け取った人物が誰かは明らかにされていない。そこで本誌は業界ルールである透明性ガイドラインに基づきノボが開示する医療関係者への資金提供の状況を調べたところ、なんと作成委員長の小川教授が19〜22年度の4年間で、ノボから講師謝金やコンサルティング等業務委託費として計168万円を謝金として受け取っていたことがわかった。また、副委員長である岩手医科大学の石垣泰教授は計542万円、琉球大学大学院の益崎裕章教授は計426万円、大阪大学大学院の下村伊一郎教授は計389万円を受領していた。