相談体制など3つの事業で構成
重層は21年度からモデル事業が始まり、22年度から本格展開が始まった。これは世代や分野を超えてつながることで、個々人が社会参加することをめざす「地域共生社会」を実現するツールとして期待されており、図の通りに「相談支援」「参加支援」「地域づくりに向けた支援」の3つで構成している。
ポイントの一つは分野・属性にこだわらない支援である。これまで日本の福祉制度では「高齢者」「障害者」「子育て」「生活困窮」など縦割りの制度を発展させたが、その分だけ制度に落ち込んで対象にならない問題(いわゆる狭間の問題)が深刻になった。つまり、縦割りの制度に類型化されなければ、支援を受けられず、重症化した状態で窓口に来る問題が起きるようになった。イメージをつかんでもらうため、具体的なケースで検討を試みる。
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50歳代男性。大学を卒業した後、就職したが、同僚と馴染めずに何度も離職を経験し、25年近く家に引きこもっている、プラモデルつくりが趣味で、インターネットを介して細々と交流しているようだが、後期高齢者に入った両親は「自分達が老いた後、この子はどうなるのか」と心配している。
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従来なら10年後に両親が亡くなった頃のタイミングで、「生活困窮」の類型に入らない限り、この男性に支援の手を伸ばせなかった。
これに対し、重層の「相談支援」では、複雑化・困難化する前の段階から両親の相談を受け付けることが想定されている。さらに、親に関わっている専門職や住民を経由したアウトリーチ的な情報収集なども重視されている。
残りの「地域づくり」「参加支援」では、例えば男性の趣味に着目し、プラモデルの同好会などに誘い出したり、男性が安心して参加できる趣味の場を作ったりすることが想定される。しかも、趣味の場が高齢者によって運営されている場合、本来は支援を必要とする高齢者が支える側に回ることになり、支える、支えられるの関係性を超えた地域社会の形成が可能になるという算段だ。このほか、上記のような運用を下支えするため、介護など既存の財政制度が交付金化されており、予算の分野間転用も認められた。
このように書くと非常に美しいストーリーだし、素晴らしい事業に映るかもしれない。だが、市町村の実情を見ると、まさに「言うは易く行うは難し」の状況である。
具体的には、重層が「引きこもりの人の支援」であれば、先程のストーリーで完結するが、重層のターゲットは「分野・属性を問わない支援」である。そこで、他のケースにも応用するにじみ出しが必要になる。
例えば、同じようにプラモデルづくりを趣味とする障害者にも参加を呼び掛けるとか、男性の両親がプラモデルづくりの場を主催する高齢者と接点が増えれば、高齢者サロンが新たに生まれるかもしれない。このように対象を「引きこもり」と狭く見るのではなく、それぞれのケースに応じて柔軟に考えることが求められる。
しかし、こうした運用がどこまで可能なのだろうか。20世紀の社会学者、マックス・ヴェーバーに言わせると、官僚は規則に縛られる職業である(『官僚制』)。このため、「制度の対象を規則で縛らず、柔軟に運用せよ」という重層のコンセプトは官僚制の基本定理と合わない。さらに、福祉専門職は分野・属性に当てはめることで、サービスを組み込むことを得意としたため、重層の考え方は従来の運用と明らかに異なる。
このほか、多職種・多機関連携の相手も柔軟に変わる。例えば、高齢分野の連携先は福祉分野に限られるが、先の事例で言うと、男性を就労支援に繋げる場合、連携先は雇用関係まで広がるし、もし学び直しに興味を持てば、教育機関も視野に入る。つまり、かなり柔軟な発想とアプローチで運用しなければ、理想とする姿には近づけないことに気付かされる。
しかも、これらの難しさは既存制度と比べると、浮き彫りになる。例えば、要支援高齢者を対象とした「介護予防・日常生活支援総合事業」(総合事業)では、高齢者の個別支援とともに、外出機会を増やす場の形成など地域づくりも期待されており、重層と共通している部分が多いが、第88回(22年9月1日号)で述べた通り、市町村は苦戦している。このため、筆者自身は「総合事業でさえ苦戦している市町村が重層を使いこなせるのか」「重層の成功例は数える程度にとどまる」と悲観的に見ている。