多重共感覚研修医の臨床ノート

共感覚者の苦悩と使命

ジョエル・サリナス/北川玲訳

2024年6月刊/ハーパーコリンズ・ジャパン



 高校まで陸上競技をやっていたが、得意は100mと400mリレーだけで、それ以上の距離はほぼ凡人だった。要するに普通の人より早かったのは100m。球技も得意だったが、サッカーもバスケットも短時間しか息が続かない。とくにバスケットは2分が限度だった。野球は息が続かないなんてことは滅多にない。草野球では好打者だったけど、ランニング・ホームランは打ったことがない。


 水泳部の連中が練習では毎日数㎞を泳ぐと聞かされて仰天したことがある。中学3年の秋に、後輩たちのタイムトライアルを手伝い、1500mなどの中距離の計測を担当した。彼らは私の前を通り過ぎるとき「はぁはぁ」と苦し気に呼吸する。いつの間にか彼らの苦しさに同化して、自分まで呼吸が荒くなりラップを伝えられない。ついにはゴール地点でへたり込んでしまい、コーチから「お前が走っているわけじゃないだろっ」と罵倒された。初めての経験だったが、それ以外に同じような経験はない。


 こういう感覚は「ミラータッチ共感覚」というらしい。単語自体は知っていたが、詳細は今回の読書で初めて知った。言葉自体は脳神経系科学のポピュラーサイエンスではわりによく出てくるので、深く知ることを怠っていただけである。しかし、ミラータッチ共感覚者で、しかも脳神経専門医の本を読んで、前述の経験がミラータッチ共感覚に近いものだと感じられた。しかし、その後は何もないので「共感覚者」ではない。偶然、共感覚者なることもあるのだろうか。