厚生労働省は、11月21日の社会保障審議会医療保険部会で、高額療養費制度の自己負担限度額を引き上げる方向で議論を始めた。
高額療養費制度の自己負担限度額に関しては、22年12月22日の「新経済・財政再生計画改革工程表2022」のなかで「世代間・世代内での負担の公平を図り、負担能力に応じた負担を求める観点からの検討」を行うこととされ、23年12月22日の「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)について」では、「賃金等の動向との整合性等の観点から、必要な見直しの検討を行う」との方針が定められていた。
これらを受けて始まった今回の見直しの検討では、現行制度で所得に応じて70歳未満で5区分、70歳以上で6区分の設定がなされている患者の自己負担の月額上限について、①限度額水準の一定程度の引き上げと、②所得区分の細分化を行う方向性が示された。
高額療養費制度は、医療費の自己負担が高額になった場合に、家計への負担が過重にならないように限度額を設定し、負担に歯止めを掛けるもので、医療保険のセーフティネット機能の柱である。
歴史を紐解くと、高額療養費制度が導入された73年当時、被用者保険の被保険者本人は定額負担であったのに対し、被扶養者は定率負担であったため、その負担軽減措置として標準報酬月額の平均値の50%程度の自己負担限度額が設定されたというのが同制度の始まりである。定率負担であった国民健康保険でも、同じタイミングで高額療養費制度が導入された。その後、84年には被用者保険の被保険者本人に定率負担が導入されるのに合わせて、被保険者本人も高額療養費制度の対象となった。高齢者についても、定額負担から定率負担に変更された01年に高額療養費制度が導入されている。
制度創設後、自己負担限度額は少しずつ引き上げられたが、所得が高い人ほど、所得に占める医療費の実質的な負担率が低くなるため、00年に自己負担限度額の高い上位所得者区分が創設された。他方で、低所得者区分は81年に創設されている。また、この間、所得水準の上昇に見合った引き上げが行われていなかったことから、02年時点で平均標準報酬月額の22%程度にまで低下していた自己負担限度額を25%程度へと引き上げる見直しも行われた。
このように、制度創設当初や限度額改定の過程では、所得水準が考慮されてきた。従って、賃金動向との整合性を図るという今回の検討の趣旨自体は、過去の経緯とも整合的ではある。とは言え、自己負担限度額がどの程度だと適正なのかという点に絶対的な基準がある訳ではない。
デフレ経済による賃金下落局面では、70歳未満の一般所得区分を2段階に分けて、低いほうの区分の限度額を引き下げたことはあるものの、それ以外の一般所得者の限度額は据え置かれたままで、賃金の下落は限度額に反映されてこなかった。賃金が上昇した時だけ考慮するというのも、一方的な印象を拭えない。
また、月収の2割程度の水準であっても、家計にとってかなり重い負担である。しかも、足元で賃上げが進んでいると言っても、物価上昇に追いついておらず、実質賃金は下落傾向が続いている。家計の負担能力が賃上げによって高まっている訳でもない。
今回、賃金動向との整合性という理由を挙げてはいるものの、実際には給付費抑制のための財源捻出という色彩が強いと言わざるを得ない。
また、所得区分も細分化されてきた。社会保障・税一体改革のなかで、15年に70歳未満について所得区分を3段階から5段階に細分化し、上位2区分では限度額を引き上げた一方で、住民税非課税に次いで下から2番目に低い新設区分では、前述の通り、限度額の引き下げを行った。
70歳以上については、17年に限度額を引き上げた後、18年には現役並み所得区分を3区分に細分化し、全体で4区分から6区分に増やしたうえで、限度額をさらに引き上げるという2段階での改正を行っている。
このように所得区分を細分化することで、「きめ細かな」対応を図っているのだが、所得が増え、上位の区分に移行すると、自己負担限度額が非連続的に増えることになる。階段状に上限を設定することで必然的に生じる現象である。