本来の応能負担とは


 何故、このように所得区分を細分化し、上位区分であるほど、高い限度額を設定しているのかと言えば、能力に応じた負担を求めるべきと考えているからである。先に引用した通り、「新経済・財政再生計画改革工程表2022」でも言及されている観点であり、今回の検討においても、厚労省は「能力に応じて全世代が支え合う全世代型社会保障を構築する観点から負担能力に応じた負担を求める仕組みとすべきではないか」との方向性を示している。


 しかし、いわゆる応能負担の考え方を患者の自己負担に当て嵌めるのは適切なのであろうか。


 近年の社会保障改革の基本的な方向性を形成した「社会保障制度改革国民会議」の報告書(13年8月6日)をみても、「負担能力に応じた負担」が保険料負担でも、自己負担でも、強調されている。


 他方で、社会保険の理念からすると、「国民の負担能力に応じて保険料を課し、国民のニーズに応じて給付を行う」ことが原則だと考えられている(堀勝洋『社会保障法総論〔第2版〕』、同『社会保障・社会福祉の原理・法・政策』)。


 つまり、応能負担の考え方が適用されるべきなのは保険料負担であって、自己負担ではないということだ。換言すれば、給付に必要な財源調達に当たっては、国民の間で経済的能力に応じて広く負担を分かち合いながら、ニーズが顕在化して給付を受ける段階では、医療上の必要性に対して等しく給付がなされるべきであり、低所得者対策を除いて、給付(その裏返しである自己負担)に所得に応じた差を設けることは、本来的には社会保険の理念にそぐわないということである。


 しかし、最近は所得水準の高い区分を細分化し、より高い自己負担限度額を設定してきた。その対象になる人数は限られ、批判の声も広がらないと踏んでいるのかもしれないが、「能力に応じた」負担だとして高所得層に対して、保険料負担でも自己負担でも、負担増を強化すれば、保険加入の意味が希薄化し、負担の支え合いに理解が得られなくなる恐れがある。


 医療の高度化や高齢化によって1人当たり医療費は増加を続けており、高額療養費制度の自己負担限度額を固定したままでは、高額療養費の支給も増加し続ける。その対策としても、負担能力の高い人たちを中心として自己負担限度額を引き上げようというのが厚労省の考えだが、高額な治療法を利用しなければならない患者は重篤な疾患が多い。給付を抑制するために、大きなリスクに直面した患者の負担を増やすというのも、社会保険の在り方として疑問だ。


 なお、負担能力によって自己負担に差を設けるのではなく、必要性に応じて給付するという考え方からすると、高齢者と現役世代で定率負担に差を設けていることにも疑問が生じる。世代全体としてみると、高齢者には低所得で、受診頻度が高い人が多いことを考慮した措置だが、同様の患者は現役世代にもいる。現役世代では所得が低く、病弱な患者でも、3割負担である。高額療養費制度をしっかりと機能させることを前提として、低所得者対策を行いつつ、高齢者の定率負担を現役世代と合わせるように見直したほうが理屈のうえでは合理性がある。ただし、政治的なハードルは遥かに高い。