■協和キリン:独自の抗体作製技術から生まれたクリースビータ


【抗体医薬への取り組み】同社のサイトでは、注力する疾患領域として骨・ミネラル、血液がん・難治性血液疾患、希少疾患を、強みを持つ創薬テクノロジーとして❶抗体医薬と❷造血幹細胞遺伝子治療を挙げている


 ❶の具体例は、抗体が保有する糖鎖中のフコースを低下させることで抗体依存性細胞傷害(ADCC) 活性が100 倍近い強活性抗体を作製する「ポテリジェント技術」や、2種類の抗原に対して各2つの抗原結合部位を有するバイスペシフィック抗体を作製する「レグルジェント技術」。いずれも独自に確立したもので、前者を用いた世界初の抗体医薬が前述のモガムリズマブ〔ポテリジオ、PotelligentとGeo(世界)から命名)〕だ。


 一方、❷は遺伝性疾患の根本原因を取り除く可能性のある領域と位置付け、遺伝子治療薬に強みを持つ子会社Orchard Therapeutics(本社:英国、23年に買収)を中心に進めている。


【独自の抗体作製技術で創製した希少疾患薬】ブロスマブ(クリースビータ、24年度受賞)は、世界初の線維芽細胞増殖因子23(FGF23)を標的とするヒト型IgG1 モノクローナル抗体。ポテリジェント技術で作製し、24年度の創薬科学賞を受賞した〈表1〉


 FGF23は、腎臓におけるリン排泄と活性型ビタミンDの産生を制御することで、血清リン濃度を低下させ、体内のリンの恒常性維持において重要な働きを担う液性因子(ホルモン)。効能・効果の「FGF23 関連低リン血症性くる病・骨軟化症」は、遺伝子変異やFGF23 産生腫瘍等によるFGF23 の過剰産生を根本原因とする希少な疾患群で、国の指定難病「ビタミンD抵抗性くる病/骨軟化症」に該含まれる。


【20余年の研究が結実】24年度の創薬科学賞受賞理由は、「産学協同研究によるFGF23の同定や、受容体機構を含むその生体内での作用解明や測定法開発に始まり、疾患概念の確立、さらにはFGF23に対する強力な中和活性を有する完全ヒト型抗体の取得、そして臨床試験を進めることで根本治療薬の創製に成功したこと」「基礎研究から医薬品創出に至る長年の研究開発は新規性や独創性、革新性に優れ、既存治療法と比較して患者のQOLを大きく改善したという点で医療現場へのインパクトも絶大であること」が受賞理由とされた。


 19年の国内承認後、21年に公表されたキリンホールディングスの資料「抗FGF23抗体研究開発」によると、1998年キリンビールの医薬開発研究所時代に東大病院(当時)の福本誠二氏とリン低下因子・フォスファトニンの研究を始め、00年にFGF23の役割を世界で初めて発見、09年に米国でブロスマブのファースト・イン・ヒューマン試験を開始した。08年の協和発酵キリン(19年に現社名に変更)誕生後、13年にはUltragenyx社(本社:米国)と欧米での開発・販売契約を締結。開発・承認も日本より欧米が先行した。


 同剤の23年売上収益は国内105億円に対し、海外は1,420億円(うち北米1,052億円)と海外比率が高い。北米では既に市場に浸透しており、欧州やAPACでも拡大中という。

 

■塩野義:感染症領域を中心に5回受賞


【低分子薬の強みをベースに新モダリティを拡充】国内の研究志向型製薬企業が数ある中で、創薬科学賞を5回受賞しているのが塩野義だ〈表2〉。うち4回は、SARS-CoV-2による感染症治療薬エンシトレルビル(ゾコーバ)、抗菌薬セフィデロコル(フェトロージャ)〈後述〉、インフルエンザ治療薬バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ)、HIV感染症治療薬ドルテグラビル(テビケイ)と感染症領域の薬剤。他の1回は、オピオイド誘発性便秘症治療薬ナルデメジン(スインプロイク)


 同社は研究開発について「必要な投資を行い、強みである低分子創薬を軸にしながら、新たなモダリティの拡充や新技術の獲得を進めることで、新薬を創出し続ける」ことを謳っている。


【疾患グループと国内外事業ごとに製品等の状況を把握】23年度の決算説明会で手代木功氏(代表取締役会長兼社長CEO)は、同社の三本柱、❶国内の感染症薬、❷ロイヤリティー、❸海外のフェトロージャのいずれも堅調に推移していることを報告した。


 ❶は、COVID-19関連製品(ゾコーバ、COVID-19ワクチン)、インフルエンザファミリー(ゾフルーザ、ラピアクタ、インフルエンザA型およびB型抗原を検出する体外診断薬ブライトポックFlu・Neo)、フェトロージャを含む感染症薬と、グループに分けて売上収益を示している。❸は23年度、フェトロージャが米国で145億円(販売名Fetroja)、欧州で107億円(同Fetcroja)の売上収益を得ている。


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【HIVフランチャイズでも大きな売上収益】上記❷の2,004億円のうち1,958億円(97.7%)を占めるのが、ドルテグラビル(テビケイ、17年度受賞の「HIVフランチャイズ」。同剤は、塩野義とGSK(後のヴィーブヘルスケア株式会社)の合弁会社により研究開発された新規の HIVインテグラーゼ阻害剤で、「WHO必須医薬品モデルリスト2023年版」に掲載されている。インテグラーゼは、逆転写酵素、プロテアーゼとともにHIVの増殖に必須の酵素。逆転写酵素により転写された二重鎖ウイルスDNAをヒトの染色体DNAに挿入する。


 両社は01年にジョイントベンチャーを設立し、02年から共同開発を開始。その際、インテグラーゼ阻害活性を発揮する構造に関して「2-メタル結合ファーマコフォアモデル」を発案していた。その後、複数の候補薬開発に失敗したものの、次世代インテグラーゼ阻害剤へと目標を切り替え、1個でなく3個の候補品開発を同時に進め、最終的にlast-in-class(同社内での定義:同一のメカニズムで明確な優位性を持ち、後から改良品が出る余地のない医薬品)を世に出すことができたという。


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【80年代に見出していた構造を利用し再挑戦】セフィデロコル(フェトロージャ、23年度受賞)は、世界初のシデロフォアセファロスポリン系抗菌薬。同剤は細菌のカルバペネムへの耐性獲得に関連する3つの主な機序、つまり「βラクタマーゼによる抗菌薬の不活化」「ポーリンチャネルの変異による膜透過性低下」「排出ポンプの過剰産生による薬剤の細菌細胞外への排出」による影響を受けにくく、抗菌力を発揮する。


 シデロフォア(ギリシア語でsidero=鉄、phore=輸送体)は、微生物や植物が鉄を獲得するために分泌する低分子化合物。3価の鉄と非常に親和性が高く水溶性の錯体を形成し、その錯体を能動的に摂り込むことで必要な鉄を獲得する。


 シデロフォア抗菌薬の創薬コンセプトは、鉄キレート部位を導入した抗菌薬を細菌の鉄輸送システムを介して能動的に取り込ませ、菌体内の薬剤濃度を上昇させて効率的に標的菌を死滅させることである。販売名Fetrojaは、鉄(Fe)と、「トロイの木馬(Trojan horse)」のように“疑われずに”細菌内に侵入し細菌を殺す作用機序に由来する。


 塩野義の研究チームは80年代に良好な抗グラム陰性菌活性を有するシデロフォアセファロスポリンを見出していたが、当時はカルバペネム系抗菌薬(CBPMs)に注力していたため、それ以上の研究開発は行わなかった。その後、世界的な問題となっている「カルバペネマーゼ産生CBPM耐性グラム陰性菌」の出現を背景に、改めて既発見の候補の構造最適化に挑み、構造活性相関研究等を経てセフィデロコルを創製した。ユニークな創薬コンセプトに加えて、治療選択肢が不足しWHOが懸念するCBPMs耐性グラム陰性菌感染症に対して治療薬を提供したことで、製品有用性、医療革新性が非常に高いものとなった。


 セフィデロコルも「WHO必須医薬品モデルリスト2023年版」に、多剤耐性例(または疑い例)に対する最後の手段として掲載されている。なお、前述のドルテグラビル、セフィデロコルともに中低所得国への供給への道が開かれている点も評価されている。

 

 

※【日本の創薬力】ひかる自社創製薬、その後の展開❷第一三共、武田、中外、日本たばこ産業 に続く

 

2024年12月22日現在の情報に基づき作成

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。