■創薬の原点とこれから


 「創薬」という言葉は、日本曹達、サントリー、山之内製薬(現アステラス)などの研究所で要職を歴任した野口照久氏(1924-2011)が生み出した


 1964(昭和39)年、日本薬学会の「薬学研究白書」作成にあたり、委員長・副委員長と3人で2日ほど缶詰めになり薬学の定義について夜を徹して論じ合った折りのこと。一人で入浴していて、「医薬品の製造(生産)を製薬という。ならば、医薬の創製を引っ繰り返せば“創薬”になるな、とひらめいた」。当時は時期尚早と言われ採用されなかったが、84年に野口氏自身が「21世紀薬学創造委員会」の委員長に就任した際に「創薬科学」を提唱し、ようやく認められるようになったという。


 同氏によると、創薬科学は新しい薬の創造のための科学であり、有機化学、生物化学、物理化学のみならず分子生物学や構造生物学など新しい学問(当時)の融合する「学融(がくゆう)のサイエンス」。「学際」ではなく、金属が融合すると全く性質の違う合金になるように、今の概念を超えたサイエンスである。


 提唱当時の厚生省官房審議官と2人の薬学部教授を交えた89年の座談会『創薬科学を構想する』では、「各分野で非常に進歩してきた基礎研究を創薬に結びつける点での大きな欠如」「医療現場の薬剤師等に創薬というコンセプトを持ってもらいたいこと」「難治病薬の創成を一つのターゲットとして関連基礎学を動員体系化する(国立の)創薬基礎科学研究所の設立」など、現在にも通じる発言や提案が多々目に留まる。


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 今回取り上げた創薬科学賞〈図〉は、創薬の中でも主に製薬企業における入口と出口、つまり、臨床試験の開始に至るプロセス(創薬標的の分子探索→シード化合物探索→リード化合物創出→最適化合成→候補化合物の選択と精査)と、対象領域へのインパクトや世界的な普及等の結果に焦点が当たっている。その入口においては、化合物ライブラリーや失敗を含む過去の経験の積み重ね、創薬への気概を持った研究開発者といった貴重な“財産”が各企業にある。わが国はバイオ医薬品や新規モダリティといった潮流への乗り遅れが指摘されているものの、低分子化合物でも臨床的に価値のある医薬品を生み出し得ることを軽視すべきではないだろう。また、新薬の自社創製時にその薬剤のみならず今後も応用し得る知見や技術を獲得した企業はさらなる発展が期待できるように思う。


 ただ、広く国内の状況を考えると、既に指摘されている通り、治験環境の整備や薬事制度・薬価制度上の対応、AIなど進化する周辺技術と医療情報の利活用など、多くの課題があることも事実だ。創薬支援についても、内閣府と各省庁、設立が取り沙汰されている民間のファンドなど、いまだに全体像や活用方法がわかりにくい。「エコシステム」というふんわりした言葉だけではなく、コアな“財産”を活かす具体的で効率的な仕組みがないと、成功する未来が見えてこない。



2024年12月23日現在の情報(各薬剤のインタビューフォーム、決算時資料等)に基づき作成

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。