■血液がん、遺伝性疾患を対象とした核酸医薬
核酸医薬とは「核酸あるいは修飾核酸が十数~数十塩基連結したオリゴ核酸(オリゴヌクレオチド)で構成され、タンパク質に翻訳されることなく直接生体に作用するもので、化学合成により製造される医薬品」を指し、アンチセンス(オリゴヌクレオチド)、siRNA、アプタマー、CpGオリゴなどがその代表例である(国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子医薬部 核酸医薬担当室)。
このうち、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)は、標的と相補的な配列を持つ(相補的に結合する)一本鎖DNAやRNA。その多くは、RNAを分解または機能抑制する作用を持ち、疾患の発症と関連するRNAを制御することで、治療効果を発揮する。
24年にFDAから承認を受けた以下の核酸医薬2品目はいずれもASOである〈前掲 表1〉。非オーファン薬で承認された核酸医薬はなかった。
【イメテルスタット/Rytelo、Geron】24/6/6承認。注射剤(点滴静注)。
●適応疾患・対象:「赤血球造血刺激因子(ESA:erythropoiesis-stimulating agents)に反応しない/反応を失った、あるいはESAが適さない」「8週間で4単位以上の赤血球を必要とする輸血依存性貧血を伴う」低リスクから中等度1リスクの骨髄異形成症候群(LR-MDS)の成人患者。
血液がんの一種であるLR-MDSは、進行すると貧血やそれに伴う疲労など主要な症状の管理をより強化する必要がある。こうした症状のあるLR-MDS患者は赤血球輸血に依存することが多いが、それが生活の質を低下させ、生存期間の短縮につながる。多くのLR-MDS患者、特に予後が悪い特徴を持つ患者の治療はUnmet Medical Needsだった。
●本体:オリゴヌクレオチド テロメラーゼ阻害薬。
●結合標的・作用機序:テロメアは真核生物の染色体末端にある“保護キャップ”で、細胞分裂の際に染色体を守る役割がある。ヒトの体細胞はテロメアDNAの長さを保つ仕組み(テロメア維持機構)を不活性化させているため、分裂できる回数に限界がある。しかし、がん細胞はテロメア維持機構を活性化させることで無限に増殖する。テロメア維持機構には、❶テロメラーゼ(テロメアDNA合成酵素)を使うものと、❷DNA相同組換えを使うものの2種類ある。がん症例の9割近くが❶を使い、❷より❶への理解の方が進んでいることから、がん治療のための標的として期待されてきた。
イメテルスタットは、ヒトテロメラーゼ (hTR) の RNA成分のテンプレート領域に結合し、hTR酵素活性を阻害する。非臨床試験では、同剤により、テロメア長の短縮、悪性幹細胞/前駆細胞の増殖の減少およびアポトーシスの誘発が見られた。
●開発企業・技術:Geronは90年設立のバイオ医薬品企業。テロメラーゼ阻害は、設立初期に共同研究をしていたElizabeth Blackburn、Carol Greider、Jack Szostakら(「テロメアとテロメラーゼが染色体を保護する仕組みの発見」で2009年ノーベル生理学・医学賞受賞)の研究を出発点としている。また、「血液がんの進行過程を変えることで人々の生活を変える」を掲げ、他の血液悪性腫瘍の研究も行っている。
【オレザルセン/Tryngolza、Ionis】24/12/19承認。注射剤(皮下注射、月1回)。
●適応疾患・対象:重度の高トリグリセリド(TG)血症および重度の急性膵炎を伴う遺伝性疾患である家族性カイロミクロン血症症候群(FCS)の成人患者。FCS に特化した低脂肪食と併用する。
●本体:アポリポタンパク質 C-III(Apo C3)指向ASO。3つのN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)残基を含むリガンドに結合されており、ASO を肝細胞に送達できる。
●結合標的・作用機序:主に肝臓で生成されるApo C3は、カイロミクロン(食事由来の脂質を運ぶリポタンパク質)の構成成分であり、超低比重リポタンパク質(VLDL)や高比重リポタンパク質(HDL)にも含まれる。ApoC3は、血漿中の中性脂肪(TG)を分解するリポタンパクリパーゼ(LPL)や、カイロミクロンと VLDLが分解されて生じる中間代謝産物(レムナント)の肝臓での取り込みを阻害。したがって、血漿中ApoC3濃度が高いと血漿中のTG濃度が高くなる。
同剤は、ApoC3 mRNA に結合してmRNA を分解し、血漿中のApoC3を減少させる。その結果、血漿中の TG と VLDL のクリアランスが増加する。
●開発企業・技術:Ionisは、RNAを標的とした創薬のリーディングカンパニー(1989年設立)。RNAを標的とした創薬プラットフォームを有する。米欧日のいずれかで承認を受けた核酸医薬(25年1月6日現在)21品目の中でASO(一般名の基本的なステム -rsen)は13品目だが〈表2〉、うちRytelo、Waylivra(家族性高カイロミクロン血症)、Spinraza(脊髄性筋萎縮症)、Qalsody(筋萎縮性側索硬化症)、Tegsedi〔遺伝性トランスサイレチン型アミロイド(ATTR)アミロイドーシス〕の5品目が同社の製品。現在は、一般的な心血管代謝疾患から難治性神経疾患、希少疾患まで、さまざまな症状を治療するために、オリゴヌクレオチドを活用してRNAとDNA の両方を標的に相互作用する医薬品の開発を進めている。
また、神経系、循環器、希少疾患などの領域でもBiogen、AstraZeneca、Novartis、GSK、Rocheと新薬の臨床開発を進めている。日本の企業では、大塚製薬が、遺伝性血管性浮腫発作抑制薬「ドニダロルセン」の欧州を対象としたライセンス契約(23年11月)と、日本をアジアに対象地域を広げる追加契約(24年6月)を締結し、25年1月にEMAへの承認申請が受理された。加えて24年12月、FUS(Fused in Sarcoma)変異による筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬「ウレフネルセン」の全世界を対象としたライセンス契約も締結している。