(2)注目の標的
以下の2品目はいずれも、FDAがFICとし、BT指定を受け、米国の承認が世界初となったオーファン薬である〈前掲 表1〉。
■「アクチビン等を介したシグナル伝達」を阻害
【ソタテルセプト/Winrevair、Merck】24/3/26承認。注射剤(皮下注射)。
●適応疾患・対象:「WHO機能分類 グループ1 ※1」の肺動脈性肺高血圧症(PAH)の成人患者。
肺高血圧症は、心臓から肺に血液を送る肺動脈の流れが悪くなることで、肺動脈圧が高くなり、心臓と肺に機能障害が生じる疾患。治療せずに放置すると、右心不全を来し、命を落とすこともある来すこともあり予後は不良。
肺高血圧症のうち、PAHでは、肺の細動脈に、狭窄や閉塞などの異常が見られる。詳細は未解明だが、①肺血管の収縮、②肺血管の再構築(リモデリング)→肺動脈壁の肥厚、③入血管内での血栓形成が関わっていると考えられている。
Merckによると、米国では約4万人がPNHを患い、患者の5年死亡率は約43%。日本では指定難病(指定難病86)とされ、国内の患者数は4,529名(20年度)。
PAHのQOLや生命予後は、プロスタグランジン経路、エンドセリン経路、一酸化窒素経路をターゲットとした肺血管拡張薬の登場によって改善されたものの、診断の遅れなどで肺動脈リモデリングが完成した症例は、従来薬で十分な効果が得られないことも多く、新たな作用機序の治療薬が待ち望まれていた。
※1 グループ1は、身体活動の制限のないPAH。通常の身体活動中に息切れ、疲労、胸痛、めまい、失神を経験しない。
●本体:ヒトアクチビン受容体II型-A(ActIIA)の細胞外ドメインと、ヒト IgG1 Fc ドメインが結合したホモ二量体組換え融合タンパク質(ActRIIA-Fc)。
●結合標的・作用機序:ソタテルセプトは、アクチビンA、その他トランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)スーパーファミリー※2のリガンドに結合し捕捉。肺動脈壁および右心室リモデリングに関連する増殖促進(ActRIIA/Smad2/3系)と増殖抑制(BMPRII/Smad1/5/8系)のシグナル伝達経路のバランスを回復。血管の炎症を軽減し、血管の周囲の平滑筋を形成する細胞と血管の内壁を覆う内皮細胞の増殖を抑制する。その結果、肺動脈の肥厚と狭窄、それに伴う肺血管抵抗の上昇が抑えられ、肺高血圧症が軽減される。
※2 TGF-βスーパーファミリーは、TGF-β、アクチビン/インヒビン、骨形成タンパク質(BMP)、サブファミリーなど、構造的に関連する細胞調節タンパク質群。同ファミリー(特にアクチビン/インヒビン)がPAHの病態生理に深く関与していることを示唆する研究が相次いで発表されている。
●開発企業・技術:ソタテルセプトsotatercept(ACE-011)は、TGF-βスーパーファミリータンパク質を活用した希少疾患治療薬の開発に強みを持つバイオ医薬品企業Acceleron Pharma(米国、03年設立)が創製。21年11月、第3相試験の段階で、MerckがAcceleronを買収し、同剤の独占権を獲得した。同剤は、FDAに続き、24年8月に欧州医薬品庁(EMA)から「身体活動が中程度または著しく制限されている患者(WHO 機能クラスII/III 相当)において、他の PAH 薬と併用して使用する」薬剤として承認を受け、日本でもMSD製薬が同11月に承認申請を行った。
なお、Acceleronが同様のアプローチで開発した、組換え融合タンパク質(ActRIIB-Fc)を本体とする赤血球成熟促進薬ルスパテルセプトluspatercept(ACE-536)は、19年11月に米国、24年1月に日本(レブロジル)、同年10月に欧州で承認されている。
■「メニンとKMT2A 融合タンパク質の相互作用」を阻害
【レブメニブ/Revuforj、Syndax】24/11/15承認。毎日ほぼ同じ時間に、空腹時または低脂肪食と一緒に1日2回経口投与(錠剤)。FDAが注目のFICとして挙げた7品目のうちの一つ(他の6品目は非オーファン薬)。FDAから「急性骨髄性白血病(AML)、急性リンパ性白血病(ALL)および系統不明の急性白血病(ALAL:Acute Leukemia of Ambiguous Lineage)」についてオーファン薬指定を受けている。
●適応疾患・対象:リジンメチルトランスフェラーゼ 2A (KMT2A※)遺伝子転座を伴う、再発性または難治性の(R/R:relapsed or refractory)、急性白血病(AL)の成人および1歳以上の小児患者。 ※Kはリジンの1文字表記
●本体:KMT2A転座によって生じる異常なKMT2A 融合タンパク質とメニンとの相互作用を阻害する低分子の分子標的薬(メニン阻害薬)。
●結合標的・作用機序:KMT2A転座は、未分化な造血細胞の増殖を促進するKMT2A遺伝子(別名MLL遺伝子)が切断されて他の染色体と結合する染色体異常で、白血病の10%未満に認められる。
一方、メニンは核に局在する足場タンパク質。TMT2A融合タンパク質のN末端がメニン上のポケット部分に結合すると、白血病遺伝子(HOXやMEIS1など)の転写が活性化され、細胞の増殖が増加し、分化や細胞のアポトーシスが減少する。
レブメニブが、TMT2A融合タンパク質に代わって結合ポケットに収まり、メニンとの相互作用を阻害することで、白血病遺伝子がオフとなり、白血病細胞の増殖が停止する。
●開発企業・技術:Syndax Pharmaceuticalsは、05年設立のバイオ医薬品企業で、がん領域に注力している。24年はレブメニブに加え、アクサチリマブ(後述)もFDAの承認を受けた。
●他社のメニン阻害薬:協和キリンは24年11月、米国Kura OncologyがAMLおよびその他の血液腫瘍の治療薬として開発中のziftomenibについて、共同で開発と販売を実施する戦略的提携を行い、米国外での独占的販売権を保有することを発表した。
また、住友ファーマは24年12月、米国血液学会(ASH)年次総会で、再発または難治性の急性白血病を対象としたメニン-MLLタンパク質結合阻害薬enzomenibについて、フェーズ1/2試験の新たな予備的な臨床データを発表している。
(3)新たな治療選択肢を得た希少疾患
24年の新薬承認によって、新たに治療の選択肢を得た疾患もある〈表3〉。
【慢性移植片対宿主病】移植片対宿主病(GVHD)は、同種幹細胞移植(ドナーからの幹細胞の移植)後に発生する可能性のある重篤な疾患。ドナーから提供された細胞が免疫反応を開始し、移植患者の臓器を攻撃する。必ずしも発症時期で分類できる病態ではないが、一般的には、移植後6~30日頃に起こる急性GVHDと、移植後3ヵ月以降に発症する慢性GVHD(cGVHD)に分けられる。
24年8月にFDAの承認を受けた「アクサチリマブ/Niktimvo、Incyte/Syndax」は、単球およびマクロファージ上に発現するコロニー刺激因子-1受容体(CSF-1R)に結合するモノクローナル抗体。対象は、前治療で少なくとも2種類の全身療法が奏効しなかった、体重 40 kg 以上の成人および小児のcGVHD患者。CSF-1Rの阻害によって、循環する炎症誘発性および線維化誘発性の単球および単球由来マクロファージのレベルが低下することから、「cGVHD における炎症と線維化の原因を標的とする」薬剤とされる。
承認時のプレスリリースによると、「cGVHD は、同種幹細胞移植患者の約42%に発症すると推定され、米国では約17,000 人の患者が影響を受けている」「患者の約 50%は少なくとも3種類の治療を必要としており、追加の効果的な治療オプションが求められていた」。同剤は、16 年にSyndaxがUCB から、世界での開発と商品化に関する独占的な権利を取得。さらに21 年、Incyteと、cGVHD および将来の適応症における独占的な世界での共同開発・商品化のライセンス契約を締結した。
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この他、わが国で指定難病とされている疾患関連で、先天性副腎過形成(先天性副腎皮質酵素欠損症状、指定難病81)、原発性胆汁性胆管炎(指定難病93)、ニーマン・ピック病C型(ライソゾーム病、指定難病19)、WHIM症候群(原発性免疫不全症候群、指定難病65)などについても、新規の薬剤が承認された。
2025年1月27日現在の情報に基づき作成
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。