「狭く・深く」の若年層


 筆者は、DeNAと住友商事の合弁会社であるDeSCヘルスケア株式会社(東京都渋谷区)のレセプトデータベースから、この特記事項を「手がかり」として、高額療養費制度が適用になった患者を抽出・分析した。現金給付の場合は、レセプト上には痕跡が残らないため、この方法では捕捉できない点は分析の限界となる。もっとも、今回の分析のターゲットは「狭く・深く」の若年層の高額療養費利用者で、金額ベースでは現物給付が90%を占めることから、全体への影響は小さいと考える。高額療養費制度の利用者として、健保加入者1万2000人・国保加入者10万4000人のデータから解析を行った。


 保険種類別・年齢別に見た所得区分で考えると、健保組合と国民健康保険とで、所得区分すなわち自己負担上限額の分布が大きく異なる。現行案では、所得区分の高い人ほど自己負担上限の引き上げ幅が大きいため、区分ア(1160万円〜)、区分イ(770~1160万円)、区分ウの割合が高い健保加入者に対して、より強く影響することになる。


 図1に、加入者のうち制度利用者の割合を折れ線グラフで、制度利用者のうち多数回該当者の割合を棒グラフで示した。制度の利用者割合(右軸)は、0〜19歳の1%未満から65〜69 歳の10%程度まで、右肩上がりで増加する。その一方で多数回該当者の割合は、0~19歳でも30%を超えている。20~30代の女性で若干低下が見られるが、退職などで保険者が変わるとデータベースからは除外され、多数回該当のカウントも一旦ゼロに戻ることが影響している可能性はある。



 制度該当者について、高額療養費制度によって軽減された自己負担額(年間)をまとめたのが図2だ。健保と国保の区分に加え、最近も大きく話題になっているがん領域、さらに関節リウマチ(RA)などの膠原病系疾患領域の患者を抽出して計算している。


 サンプル数は少ないものの、とくに若年層のがん・RA系疾患の患者は、高額療養費制度のインパクトが大きいことがわかる。後者のRA領域は、がんなどと比べるとあまり話題になりにくい領域だが、生物学的製剤やJAK阻害剤など、年間100万〜150万円の「そこそこ」高額な薬を長期にわたって使うことになる。


 生物学的製剤が出始めた2000年代から、月間の自己負担額が高額療養費の上限付近になることが多く、「用量を増やすと適用になる」「90日処方すれば(1回の金額が大きくなるので)適用になる」「バイオシミラーを使うと(安すぎて)適用にならない」など、現行制度でも問題点を孕んでいたのがRA領域だ。



「わずか外側」の自己負担問題


 自己負担上限ギリギリのラインであれば、超えても超えなくても負担額はさほど変わらないとも思えるが、わずかでも上限を超えて制度が適用になれば、いずれ多数回該当となって、負担額は大きく下がる。


 一方で、ギリギリ届かなかった場合は、当然多数回該当もないゆえ、通常金額の負担がずっと続くことになる。このような高額療養費の「わずかに外側」にとどまる患者の自己負担の問題は、今回の政府修正案への批判でもよく引き合いに出される点だ。RA系の高額薬剤では、この論点が四半世紀近く前にすでに顕在化していたのである。


 国民皆保険・UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)の根本は、「皆が・安価で・必要な医療」を受けられることにある。2番目の「安価」を換言すれば、生活が苦しくならないような負担額で、となる。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)医学部准教授の津川友介氏が指摘するように、負担上限額が過度に上昇して生活に支障が出る、「経済毒性」が生じるような環境になれば、もはやUHCが達成された状態とは言い難くなる。


  保険の本質は、確率が小さくても負担が甚大になるような事態に対処することにある。高額療養費制度はまさにそれを担保する領域だ。筆者としては、セルフメディケーションで置き換え可能な軽医療のような「発生確率は高いが、負担は僅少」なものをまず議論することが重要と考えており、必要なデータを今後も解析・提示していきたい。