■課題解決への道を探る製薬業界
【製薬協の調査、第2弾は医療関係者の困りごとに焦点】産業界に目を移すと、日本製薬工業協会(製薬協)は21年、産業政策委員会の下に「難病・希少疾患タスクフォース(TF)」を設置した。現在は、研究・薬事から営業までバックグラウンドの異なる11社16名からなるメンバー構成だ。年会では、植村太郎氏(難病・希少疾患TFサブリーダー)が、その活動を紹介した。
同TFは22年10~11月、20 歳以上の指定難病患者を対象に『希少疾患患者さんの困りごとに関する調査』を実施(有効回答438)。3つの課題(「情報の少なさ」「社会における疾患への理解・知識不足」「限られた治療選択肢・根本治療の欠如」)を特定した上で、翌23年2月に報告書を、7月には『難病・希少疾患に関する提言』を公開した。
さらに24年7~9月、RDCJおよび未診断疾患イニシアチブ(IRUD)等と協働し、前述の3課題にフォーカスを当てた『希少疾患における医療関係者の困りごとに関する調査』を実施。臨床医、研究医、臨床試験・治験に関わる医師、その他医療従事者を対する定量調査(有効回答327)および、定量調査参加者のうち協力を承諾した15名に対する定性調査を行い、11月に報告を公開。医療従事者における課題感や各ステークホルダーに求められるアクションを整理した。
今後は、製薬協として取り組むべき課題を特定し、以下を含む提言を策定する予定という。
❶新規モダリティ(遺伝子治療、再生医療等)の研究開発環境の整備
❷研究開発や薬事申請等に利活用できるデータベースの整備
❸患者が治験にアクセスしやすい環境の整備
❹難病・希少疾患の核心的治療薬(根本治療薬等)の価値を適切に評価する薬価制度の整備
❺早期診断を実現するための環境の整備
なお、これらは25年2月26日に公開された『製薬協 政策提言 2025』で「難病・希少疾患に関する提言」の「政府への要望」として掲げられている。
◆ ◆ ◆
質疑応答で、希少疾患の治療・研究に取り組んできた医師や患者団体関係者から「どのようなモチベーションがあれば製薬企業がオーファン薬開発に前向きになるのか」との疑問が呈された。これに対し、RDCJ関係者は、「オーファン薬開発で収益性が出るような改善策を(製薬協の)提言に盛り込みたい」「例えば神経・筋疾患など特定領域に焦点を絞っている製薬企業もある(そうした企業は開発意欲がある)」などのコメントで応じていた。
【エコシステムを支える“人”とメンタリングの重要性を実体験】患者を中心に据えたステークホルダーとして、アカデミア、規制当局、企業の三者を考えた場合、アカデミアから企業に出てまた戻る人は皆無に等しい。肝胆膵外科医でありながら、大学病院、地域中核病院、産学連携の先進医療機関、複数の製薬企業などで稀有な経験を積んできた和田道彦氏(慶應義塾大学病院臨床研究推進センター 臨床研究支援部門 特任教授)は、『今だからこそ、再び、“Patient Centricity & No into Yes”』と題し、アレクシオンファーマ合同会社当時(12年~研究開発本部長/14~19年ヴァイスプレジデント兼務)のエピソードを中心に、諦めずにアクションを起こすことで希少難病の子どもを救えたできごとと、人材育成の大切さについて語った。
海外の企業関係者に日本市場のどこが問題か尋ねると「薬機法がブラックボックス」「なぜ薬価が上がらないのか?」「臨床試験が難しい」といった答えが返ってくる。十数年前にもドラッグ・ロス、ドラッグ・ラグはあった。アレクシオンに入社したばかりの頃、子宮内診断で子どもが低ホスファターゼ症(HPP)と診断された母親から「米国で開発中の薬〔ENB-0040、Asfotase Alfa(組換えアルカリホスファターゼ)、承認後の販売名Strensiq〕をなんとかして使いたい」との手紙をもらった。骨の石灰化が障害される同症は根本治療がなく、最重症例は看取り医療が主だ。開発・承認を待っていてはとても間に合わない。そこで、厚労省(医薬品審査管理課、監視指導・麻薬対策課)と交渉した結果、薬監証明を得て個人輸入する形での使用が実現。生後1日目から集中管理下で酵素補充療法を行ったところ、生後3週間までに改善が見られた〔Eur J Pediatr. 2016; 175(3): 433-7.〕。生後3日ほどで亡くなると思われていた患者が現在は小学生になっており、希少疾患における治療開始タイミングの重要性を痛感した。
通常の疾患を対象とする治療薬開発では、患者の全体集合(Aとする)のうち、治験での適格基準に合致した対象(Bとする。B⊂A)だけ考えて薬効評価やRCTを行い、適応症を定めるという流れになる。しかし、「希少疾患では適格基準に合致しない患者(A-B)に対しても“人道的救済”ともいうべき使用の仕組みがあってもよいのではないか」。それが、Early/Expanded Access Programs(EAPs)やCompassionate Useといった欧米の未承認薬アクセス制度である。日本でも拡大治験(人道的見地から実施される治験)が行われ始めている。
米国のAlextion Pharmaceuticalsは、Yale大学の循環器内科医Dr. Leonard Bellが92年に設立し、08年に東京オフィスを開発した。希少難病に特化した医薬品開発を行っており、特に補体関連薬に強みを持つ。発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)治療薬として、抗補体C5モノクローナル抗体・Solirisが07年にFDAの承認を得たとはいえ、最初の20年近くはなかなか新薬を上市できずにいた。しかし、12年以降20年までに、複数の希少疾患を対象とする治療薬4剤、21年にアストラゼネカ(AZ)の希少疾患ユニット(Alexion, AstraZeneca Rare Disease)となった後も1剤がFDAの承認を受け、米国では6製品のラインナップとなっている(参考:日本の製品サイト)。
この変化をもたらした契機は、(分子遺伝学を専門とし、PfizerやAZのR&D Presidentを歴任した)Dr. Martin MackayがAlextion のGlobal Head of R&Dになったことだ。また、米国本社に行ってみて、メンターによる企業内教育が優れていると感じた。具体的には、「マインドセットとしてはメンターとメンティーが常につながっており、メンターがきっちり教えていく」。
さらに「新薬の開発段階で営業も(チームに)加わる」「ベンチャーが8割の新薬を創製している米国には、長いベンチャー育成の歴史がある」「(新薬開発を熟知する)製薬企業の元CEOが投資会社にいる(移籍して的確な投資を行う)」など、一朝一夕には埋められない基盤の違いがある、と指摘。23年に経産省の審議会で示された「創薬ベンチャーエコシステムの目指すべき姿(案)」〈下図〉を示しつつ、エコシステムを回すM&Aについては「英国やドイツのスタートアップでEXITしたもののほとんどは海外の企業が買収している。日本もエコシステムはグローバルに考える必要がある」。エコシステムを回す人材については、「海外の多くの医学部や医療センターが技術移転、起業家精神醸成やイノベーター育成プログラムを実施している」と具体例を紹介した。